日本ニュース第241号 - 大東亜戦争
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昭和40年生まれです。陸軍参謀本部の(階級はうろ憶えですが、
少佐か中佐?)都筑次郎の孫です。 C級戦犯になって、でも実刑は免れ、本郷でお茶屋さんを始めまし
た。今も盛業中であります。 軍人だった祖父は僕に数多くの魂をくれた人でした。
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今から見るとなんと馬鹿げた事をと思うが、当時ではこれが当たり
前だったのだろう。もしこの戦争の1つのピースが違っていればわ たしはこの世に居なかった。靖国に眠る英霊に、そしてわが叔父に もご苦労様でしたそして有難うと・・・・多くの英霊の血が染み込 んでいるこの国を汚してはならない。 -
戦後の人の中には「やはりアメリカと戦わず 白人の植民地として奴隷になるべきだった」と言う考えの人が 昭和天皇や東條大将の悪口を言います。普通の人間なら植民地や 奴隷など嫌です。祖父母の世代の決断は正しかったのです。 現代のリアル侵略、竹島を侵略中の韓国にも文句も言えない、 北方領土を侵略中のロシアにも何もいえない、尖閣を侵略中の 中国にも何もいえない、腰抜け日本人、卑怯者日本人が戦後の 洗脳教育の成果丸出し、日教組や民主党が泣いて喜びそうな台詞 を吐くのです。まあ、オウム真理教も驚くほどのカルト教育が 学校で普通に行われておりますので何を言っても無駄かもしれ ませんが。何しろ民主党をはじめ日教組、学校の先生方、マスコミ 誰もまともに侵略を放送しません。普通に現代は侵略国との 「戦時中」なのです。ところが、意味のないお笑い番組や 訳の分からぬ侵略国から来た外国人のドラマはしっかり放送 しております。これがリアル植民地国家日本の201`1年の姿 なのです。侵略国に目が行かないで日本国内で祖父母を責める 卑怯者日本人の真の姿です。
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@kobagankyo さん、拝読しました、皆様、若くハンサムで 素晴らしいです。ここに本当の日本人の姿があります。 凄い、素晴らしいお仕事を残されましたね。感謝です。 聞いて下さい。現代の99%の日本人は「負ける戦をした 日本が悪い」と民主党、日教組に洗脳されて、貴殿たちの 世代を「悪玉」の様に教育しております。貴方達の世代が 「本物の日本人」で現代の日本人は99%が「売国奴」です。 私は祖父母の世代を尊敬し愛して止みません。今の日本は 韓国に竹島、中国に尖閣、ロシアに北方領土を現在進行形 で侵略されているのに戦う気持ちがないのです。要するに 貴方達の世代を否定する現代の日本人は戦わずして米国に 屈服、降伏、奴隷になるべきであったと断言しております。 私は貴方達の世代が白人の奴隷になることを拒み、戦った 最後のサムライだと信じております。どうか、現代の 「白人の奴隷になることを望む」卑怯者日本人を叱って 下さい。情けない日本人は侵略国、韓国、中国、ロシア にすら戦えないほど駄目な民族に成り下がりました。 でも、私は貴殿の世代を尊敬します。
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オオーッツ、凄い体験ですね。浙江省諸蠶県県城南方の三屯鎮付近
、体験談、聞かせてください。 -
兵隊さん、なんて若い。
すごい時代、だ・・・・・・・・
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Yamatoheartさん
私の陣中日誌から、恥ずかしい部分を除いたら書くものが無くなっ
てしまいました.在隊日数2391日、内、敗戦後の日数306日 、差し引き2085日が作戦従軍日数です。作戦6回、討伐戦9回 、戦闘回数46回、部隊の先頭に立って敵の地雷を踏む決死隊志願 1回、こんな事は勇気が有ってやるものでは無い。自分の立って居 る位置、環境から手を上げてしまうものである。第一線部隊は、後 方支援の食料を待って居たのでは戦にならない、全て住民からの徴 発(略奪)に拠るものであった。在隊中394日は住民の(市民の )米.鶏,豚で賄っていたのである。今日は山の上で雨に打たれて 寝もやらず居たかと思えば、明日は紫檀黒檀の家具を叩き毀して暖 を取る、正にトンヤンキ(東洋鬼)である。 敵を求めて流浪の部隊に営倉設備なぞは無い。その代わりこうした
軍隊嫌いで、反抗者には進級ストッブ、1年2ヶ月で上等兵になっ て以来進級ストッブ、5年5ヶ月,所謂万年上等兵。女房などは面 白がって読んで居たが、発表は乞ご容赦
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大元帥の前での閲兵、戦車などの機械化部隊が見えないですね・・
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有りました、ありました。91歳の私と22歳の私がデートしました。現在私91歳、69年前は22歳、その私が軽機関銃の射撃をしている、その私に会いました。「日本ニュース1941年5月(48―51号)の諸曁攻略戦」の丘に飛びついて軽機関銃を構えるのが私です。が゛もう出来ません。.
kobagankyo 1 year ago 52
小生91歳、昭和16年4月、中国浙江省に展開された浙東作戦に参加、4月21日浙江省諸蠶県県城南方の三屯鎮付近に於いて、日本ニュースのニュース撮影の使役に出ました。
いつも城壁の上の万歳では国民は飽き足らず、そこで戦闘場面を撮影したいと言う。
私は軽機関銃の射手として、足元に水煙を上げて着弾する中を翔り抜け、小川を飛び越えて射撃をする。その勇姿を探したが見つからなかった。
私は6年7カ月の軍隊生活中、日記を書き続け、紙縒りに縒って荷縄の芯に綯い込んで持ち帰って来たので、年月地名に間違いは有りません。自分の勇姿?を見たいものです。
kobagankyo 1 year ago 27