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2011年度北東北インターハイのヨット競技の会場...になるはずだったこの場所。
クラブハウスに突っ込んだ丸太。近くの貯木場から流れてきたのだろう。
鉄骨しか残っていない艇庫。セールの切れ端がはためいていた。
整備された地面は、コンクリートが破壊され、砂利がむき出しになっていた。
ここにセーラーたちの笑顔が戻る日はいつになるのだろう。
桟橋にクルーザーを停めて整備している男性がいた。
近所に住む佐々木さんだ。
佐々木さんの艇は奇跡的にハーバーに留まり、エンジンも無事だった。
「せっかく助かったから、高校生のヨット探してやろうかと思ってる」
ヨット部の高校生を心配し、そう話す佐々木さんも、この津波で母親を亡くしていた。
佐々木さんの実家は、宮古市田老地区にある。
田老地区の被害は甚大。
寝たきりだった母が避難できたはずがない...。
実家は流されて跡形もない。
流された方向などを想定しながら、自衛隊の協力も得て懸命に母親を探した。
母親の行方を探す間にも被災地の外で叫ばれる『がんばろう、岩手』のメッセージが辛かった。
佐々木さんの母親は震災から15日目に自衛隊の手により発見された。
復興に向けて一歩ずつでも進まなければならない。
それでも「犠牲となった人を慈しむ時間をきちんともって欲しい」と佐々木さんは話してくれた。
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