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2009年8月 YOSHIYUKI KOUCHI EXHIBITION

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Uploaded by on Aug 27, 2009

以下が高地君の文章です。


テーマは「訪(とむら)うもの」です。「訪(とむら)う」は、訪れて問うこと。死者の思いを問い尋ねること。思いを探り造形につなげられないかの試みです。
散歩コースに四つ辻があり、かつては集落と集落の境界であったところで、どちらかというと負の印象が強い場所です。ここに柳の木が茂り、ぞくっとさせられることもあります­が、その場所に馬頭観音石碑と庚申塚があり、民俗学的にみると独特の空間を醸しています。
馬頭観音は仏教伝来ごろの勧善懲悪の仏ではなく、近世の農耕馬の冥福を祈るために築かれたもので、今では景色と一体化し、ひっそりと稲の成長を見守っています。
庚申塚は干支の(かのえさる)の日に信心から講を開いたところ。近代化され、気に留める人も少なくなりましたが、こうした祈りの造形があります。
彼らは変化の激しい今をどう見ているのだろうか。
そんなことが気になって散歩のとき浮かんだイメージを追いかけてみました。
馬の形態や庚申(かのえさる )の日に行いの良くない人の体から抜け出す「サンシチュウ」と呼ばれるものを題材にしましたが、いかがでしょうか。

統一感のない展示ですが、それぞれの形体は陶土が下手な細工により、ベターとした,どんくさい形になり、そこにエッジやとんがりをつけてみたものです。
そして、松と杉の薪で焼きました。スマートはなく、泥臭い陶肌になりました。
まあるく、穏やかにと思いつつ、時として、とんがったり、イライラしたり、切れる己がそのまま作品に投影してしまった感じです。
あるいは現代の閉塞感の中にもがく、己の弱さを表しています。

この窯は今では住む人のない、手入れの行き届かない荒れた山間地にあり、大恩人の思いであった障害者に役立たせることも兼ねたもので、暗闇でアオダイショウがゆっくり這い­ずる音が長く聞こえるときは、とにかく怖いのですが、自然の中に浸っている一体感があります。窯焚きに疲れた深夜には、ハクビシンの遠吠えや、窯鳴りにより自分が今どこに­いるのかと、意識が薄れる瞬間もあります。
こんなとき色見孔から上がる「ろうそく」と呼ぶ炎が神秘的です。
自分以外の不思議な力が動いていると感じます。
この夏の荒天により、思わぬ仕上がりになりました。
いまだ 技術の未熟さと成形の無理さがあり、露骨に焼きあがりに表れ難しさを感じるばかりですが、ご高覧ください。     2009年8月18日  高地 善之

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Travel & Events

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