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Uploaded by towa2007 on Sep 6, 2007
1945(昭和20)年4月2日に読谷村のチビチリ(尻切れ)ガマ(壕)に避難していた地元住民139人のうち84名が集団自決した事実は、戦後長きにわたり地元では語ることすらタブーとされていたが、集団自決から42年後の87年4月、反戦地主に知花昌一さんらが遺族を説得して平和学習の素材としてその封印を解いた。同時に地元住民らの集団製作により犠牲者に対する鎮魂碑「平和の像」が除幕された。ただ、現在も遺品や遺骨が散乱している壕の内部に入ることは、遺族会の意思により禁止されている。
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