A video made for My Japanese Class. Here is the dialogue if anyone wants to follow along its for part 1 and 2.
黒澤 明の映画 私の一番好きな映画は黒澤の映画です。私は全部の黒澤の映画を見ました。私が最初に見た映画は乱です。私は乱が好きですから、その後(あと)に用心も見ました。# 乱と用心棒は私が見た最初の黒澤の映画ですからとても印象(いんしょう)にのこりました。
ですから、私はウィキにその二つの映画について書きました。
* 印象にのこる=was impressive
黒澤 明は東京で生まれました。かれには三人の兄と四人の姉がいました。黒澤の高校の先生は彼の才能を見いだし、黒澤に「絵画を画描(か)かなくてはいけません」と言いました。1923年に東京で大きい地震がありました。黒澤は十三さいでした。黒澤と兄は一緒に東京の道を歩いてたくさんのしがいを見ました。のちにかれが二十三歳になったとき黒澤の兄弟のうち三人が死にました。若い時に大変な経験をしたから黒澤には目的が見つかりました。夢がありました。
1936年に 演出家(えんしゅつか)の助手(じょしゅ)になりました。黒澤は奇才だから六年後(ろくねんご)にえんしゅつかになりました。黒澤の一つ目の映画の名前は姿三四郎(Sugata Sanshirō)です。演出家の助手だった時、様々な仕事(さまざまなしごと)をしたから姿三四郎(すがたさんしろう)の仕事は黒澤にとってかんたんでした。姿三四郎はまあまあの映画でしたが、この映画から黒澤のキャリアがはじまりました。たくさんのアニメは黒澤の映画に影響(えいきょう)をうけています。例えば、「七人の侍」や「風の用心棒」(かぜのようじんぼう)や「ワンピース のしちぶかい」などです。最近(さいきん)では、黒澤の最後の脚本(きゃくほん)は日本とアメリカとシンガポールが一緒に映画を作りました。1998年に黒澤が亡くなった時、黒澤の名誉(めいよ)を讃(たた)え、若い(わかい)映画監督(えいがかんとく)のために国際的な(こくさいてきな)コンテストが開かれるようになりました。
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