田端義夫 十九の春 1977

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Uploaded by on Mar 4, 2010

デビューが昭和14年の「島の舟唄」ですので、この歌を発売・ヒットさせた昭和50年は既に芸歴36年のベテラン。
このことだけでも田端がいかに歌謡界で驚異的な存在であるかお分かりになるでしょう。

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All Comments (8)

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  • WAAAAT DEE FUCK?

  • 豊かさよりも、貧しさの方が、人間を強く、成長させることを証明­してますね。

    いや、すばらしい人です。

    田端義夫

    大正8年(1919年1月1日~)三重県松阪市生まれ92歳(H­23現在)。3歳に父を亡くし、大正14年(1925年)一家と­ともに大阪に。小学校3年半ばで中退。赤貧のため慢性的な栄養失­調。トラコーマにかかり徐々に右目の視力を失う。名古屋の薬屋や­パン屋、鉄工所などで丁稚奉公。その間に見たディック・ミネのギ­ターを持ちながら歌うステージに感動し、みずから音の出ないギタ­ーを作っては河原で歌い、次第に流行歌の世界に傾倒していく。

    昭和13年(1938年)、ポリドールレコードの新人歌手北廉太­郎の宣伝のため「伊豆の故郷」を課題曲とした新愛知新聞社主催の­アマチュア歌謡コンクールに出場することを姉から勧められ、優勝­する。ポリドールの勧めで上京し、鈴木幾三郎社長宅の書生となる­。鈴木宅の書生が、「オースッ!」と挨拶することにヒントを得て­、ステージ登場時「オース」が生まれた。

    美空ひばりとの共演の際、ひばりより拍手が多いのを気にして、美­空の母から「オースはやめて下さいよ」と懇願された。

  • 主(ぬし)さん主さんと呼んだとて 主さんにゃ立派な方がある

    不倫の歌だったのですね。

    

  • jyu kuno no haru is my favorite tabata song. awesome!

  • この曲、大好きです。いつまでも歌い継がれてほしてものです。

  • 聴かせるね。。。。

  • 戦前からの歌手が本当に少なくなりました。田端さんはもう、90­歳を越しておられます。私の亡くなった父と同輩。偉大です。

  • my favorite! :) domo arigato gozaimasu! Go Tabata!

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