ホンダはF1活動を休止して、シビック開発に専念。
1975年に施行予定となった米国のマスキー法は排気ガス規制法として当時世界一厳しく、クリアするのは不可能とされたが、ホンダのCVCCエンジンがクリアしている。
1967年の日本GPではポルシェの生沢とニッサンの高橋が接戦。当時のエピソードを高橋氏が語る。
その後、日本GPでのトヨタ、ニッサン、タキレーシングによるビックマシン対決が話題になる。
1973年石油ショックによる原油高騰もあり、メーカーのモータースポーツ活動は縮小されていく。
この年、中嶋悟がレースデビュー。その後は圧倒的な強さを発揮。
その当時を中嶋氏が回想します。
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