三重県度会郡大紀町滝原
一、宮名とご祭神
(1)瀧原宮(たきはらのみや)
天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)
(2)瀧原竝宮(たきはらならびのみや)
天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)
ご参拝は(1)・(2)と順にされるのが一般的です。
ニ、ご鎮座地
瀧原宮、瀧原竝宮は、ともに皇大神宮(内宮)の別宮で、昔から「大神の遙宮(とおのみや)」といわれています。ご鎮座の地は、宮川をさかのぼること約 40km、その支流大内山川が深い渓谷をなして流れる山間にあります。「瀧原」という名は、大小たくさんの滝があるところから出た名です。そのむかし、西国三十三所の巡礼を志した人々が、まず伊勢の大神宮にお詣りしてから、熊野の第一番札所を目ざして歩みを運んだ熊野街道は、現在、国道42号線となり、当宮の前を通っています。ここから荷坂峠を越して黒潮洗う紀伊の海岸に出て、南紀への旅を快適にしています。
当宮は、紀勢本線の滝原駅で下車し、およそ1.5km。また松阪駅から出発する南紀特急バスが約1時間で一の鳥居前を結びます。自家用車の場合大駐車場もあります。
三、ご鎮座の由来と沿革
第11代垂仁天皇(すいにんてんのう)皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が、御杖代(みつえしろ=御使い)として天照坐皇大御神を奉戴して、宮川下流の磯宮(いそのみや)をお発ちになり、上流の方にご鎮座の地を求めてお進みになると、砂をも流す急流の瀬があり困っておられたので、真奈胡神(まなごのかみ)がお出迎えをしてお渡し申し上げた。そこで命はそのところに真奈胡神をまつる御瀬社(みせのやしろ)をお定めになったのが、今の皇大神宮摂社、多岐原 (たきはら)神社です。瀧原宮の下流約6km、大宮町三瀬川の宮川に臨む断崖の上に鎮座されています。近年までここに熊野街道の「三瀬の渡し」がありました。
倭姫命はさらに真奈胡神の案内でお進みになると、「大河の瀧原の国」という美わしい土地があったので、この地に草木を刈り払って新宮を建てられたのが、瀧原宮の起源です。そののち皇大御神のご神意によって、再び伊勢の方へ向われたので、瀧原にご滞留の期間はさほど長くなかったと思われます。このご由緒によってご遷幸後もかわることなく、皇大御神を奉斎して今日に至っています。
なお、両宮とも皇大御神の御魂を奉斎しているのは、皇大神宮に皇大御神を奉祀し、同別宮荒祭宮に皇大神宮の荒御魂を奉斎する姿の古い形と考えられます。
清らかな川で口を漱ぎ
大腸菌を摂取する
shirokochan2 5 months ago
ひじょうに貴重な動画です。松岡正剛さんの案内が良い。今年、九州から参拝します。
nurene60 1 year ago
ナショナリズム『優越性』を表す時、やっぱり「にほん」ではなく、「にっぽん」ですな。
moncheej1974 2 years ago