まもなく戦後65年目に入る。しかし、いまだに祖国日本へ帰還することができない、西部ニューギニアに瞑る少なくとも3万名の旧日本兵。戦後、同胞に遺骸を拾われることな く、珊瑚礁台地の洞窟、深いジャングル、そして湿地帯などに放置されている。2009 年8月8日~9月30日、インドネシア文化宮(GBI)は、岩手県奥州市の「太平洋戦史館」と共催で、『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を 開催する。
玉砕の島・ビアク島で見つかる数々の遺留品。水筒はその一つ。姓が刻まれた水筒。しかし、名は不明。この姓を手掛かりに、持主の故郷を見つけることはできないのだろうか。遺骸よりも早く祖国に戻った遺品。持主は今でも、ビアク島に瞑っている。
インドネシア文化宮
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太平洋戦史館
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悲しいですね本人の意思とは関係なくこの戦争に借り出され親から与えられた大切な命をささげこのような地で最後を飾る事さぞかし無念だったでしょうさぞかし日本の地に帰りたかった事でしょう.我々はこうした人達のおかげで今の平和があり生きている事の大切さありがたさを感じ今何が出来るかを考えなければいけないですね.
CHOVE8888 2 years ago
私の父は20師団でウエワクに上陸したそうです.生前父から聞いた事は食べるものがなく
土以外は何でも食べたそうです.この記録を見ているとこみ上げてくる涙が止まらず戦争に借り出された兵士の皆様に今の平和を頂いた事を感謝せずに居られません.戦地でなくなられた方々はさぞ日本に帰りたかった事でしょう.
CHOVE8888 2 years ago