最近、テレビやインターネットを見ていますと、「がんばろう日本」という言葉が目につきます。私はこの「がんばろう」という言葉に違和感を覚えます。
戦後日本人は、敗戦から立ち直るために文字通り、がんばりました。その結果、世界有数の経済大国になりました。しかし、日本では自殺者が絶えません。これほどまで、周囲には物が溢れ、教育、医療、福祉も充実しているのに、毎年、3万人以上の人々がこの日本で自殺によって命を絶っています。
私は27歳で自殺未遂に至りました。それまで、私もまた「がんばる」人生を歩みました。「高卒より大卒のほうが良いからがんばれ」と言われ、がんばって大学へ進学しました。また、「これからは英語ぐらい話せなきゃだめだから、がんばれ」と言われ、がんばってアメリカへ交換留学生として留学しました。このように、私もがんばりました。そして、確かに、がんばったお陰で手に入れたものもあります。しかし、同時にがんばる人生の先に待っていたものは、何ともいえない虚しさでした。
このような精神的な虚しさを抱えていた時に、私は主イエス・キリストに出会いました。そして、それまで「がんばれ」と言われ続けてきた私に、イエスは、「もうがんばらなくて良い。私の愛の内に憩いなさい」と仰せになったのです。この時から、私は「がんばる人生」から「がんばらない人生」に生き方を変えました。
東北地方の被災者の方々に必要なのは、「がんばれ」という言葉ではありません。彼らは疲れています。疲れている者に「がんばれ」と言って励ますことは、「力を振り絞って、無理をしろ」と言っているのと同じことです。
がんばり疲れた私にイエスが寄り添ってくれたように、私達もまた、被災者の方々と共に生きること、これが今、彼らに必要なことです。物資や義援金を送ることも大切ですが、もっと大切なことは、彼らのために心を尽くして日々祈ることです。彼らの苦しみと悲しみを、自分の苦しみ、悲しみとして受け入れ、主イエス・キリストに祈ることです。
今、日本人の生き方が問われています。これまで通り、再び、疲労と虚しさが伴う「がんばる生き方」を選ぶのか、それとも、神の愛の内に憩いつつ、安心して生きる「がんばらない生き方」を選ぶのかということです。
最後に、神につながって生きる人生の大切さを教えたイエス・キリストの御言葉をお送りいたします。
「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」
ヨハネによる福音書15章4節~5節
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