日本初のダチョウ料理専門店、
ライダーズカフェMACHⅢ
大阪府堺市美原区北余部469-6
TEL&FAX072-361ー3171
http://www.h4.dion.ne.jp/~maltuha/index.html
店休日のお知らせ、
毎月第一火曜日その翌日が店休日になります
ドリームCB400FOUR(ドリームシービーよんひゃくフォア)は、1974年12月3日に本田技研工業により発表されたオートバイ。通称は「CB400F」、「ヨンフォア」、「フォーワン(フォーインワン)」、「シーヨン」など
ドリームCB400FOURは、ドリームCB350FOUR[1]の後継機種として発売された[2]
当時、このクラスの国産車唯一の直列4気筒モデルであったドリームCB350FOURは、当時の4気筒、ドリームCBシリーズの末弟であり、シリーズトップモデルであるドリームCB750FOURに乗ることを「ヘルメットを2つ被ってもらわないと...」と周囲に止められた創業社長の本田宗一郎が「ならば、俺にも乗れるのを作れ」と言う一言で計画されたともいわれている。そしてそのドリームCB750FOURと同様の4本出しのマフラーの外観を持っていたCB350FOURだったが、その静的なイメージとひかえめな動力性能から、「ツイン(2気筒)よりも遅いフォア(4気筒)」と言うありがたくない評価が与えられた。
これを受けて計画されたドリームCB400FOURは、当時流行し始めた集合マフラーと後退したステップを採用した軽快なカフェレーサースタイルを全体に取り入れ人気モデルになった。エンジンはドリームCB350FOURの347ccの物をベースに408ccへボアアップ、更に当時としては珍しかった6段変速式のトランスミッションがホンダの市販車としては初採用された。この際、ドリームCB350FOURの開発時に本田宗一郎から指摘されていた「エンジンの冷却フィンを(おもにその外観上の理由から)増やすように」という指示を実現したといわれる。
メタリック塗装に金属のエンブレムが一般的だった当時、シンプルなソリッドカラーにステッカーのロゴは非常に新鮮に見えたが、同時にコレはコストダウンでもあった。集合マフラーも軽量化とコストダウンの為であり、当時は集合による脈動効果に関してはよく分かっていなかった様である。独特なラインを描いたエキパイはオイルフィルターとの干渉を避けるためだと言われている。
発売後、『おぉ400。お前は風だ。』というカタログのキャッチコピーが暴走族による暴走行為を連想させるような文であると当時の警察から指摘され、後に『おぉ400。お前が好きだ。』という所有感を感じさせる内容のコピーに一部変更された。
ところが1975年に行われた運転免許制度の改正によって、当時の教習所などで取得できる自動二輪免許で運転ができるのは400cc以下に限定され、それ以上の排気量の車種に乗るには限定解除審査が必要になった事から、408ccの排気量を持つドリームCB400FOURは限定免許では乗ることができなくなってしまった。
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