岡安:
伊藤さんは政治家になる前にピザ屋さんをやっていた。僕が本当に聞きたかったことは職業選択の自由があるじゃないですか、僕は俳優と道を選んで芝居をやっているんですけど、ピザ屋からフランチャイズにとかじゃなく政治家をやっているのか結びつかないんですけど、またざっくりですけど大変な仕事だと思うので何で政治家になろうかなと思ったのは?
伊藤達也:
基本的にピザが好きだったというのがあるんですけど、ピザ屋さんになりたくて政治家になったのではなくて、政治家になりたくてピザ屋さんになったんです。なぜかというと政治に挑戦をすると生活が成り立たないですよね。私も家族がいるし、家族を路頭に迷わすわけにはいかない。そうすると家族でしっかりとなんとかして生計をたてていかなければいけないと。できれば地域に密着した仕事がしたい。そういうときに、ある方からこういうピザ屋があるんでやってみないかと、よしこれだ!と。一生懸命まずピザ屋をやって、当時は非常に大きな借金をしたんですよ。ピザ屋を一軒出すのにリース等、借金まみれで毎月毎月返済するだけで大変だったんです。ですからまず借金を返済する目途をつけるところまでまずがんばって、その後政治に挑戦をするんだと。そう思ってピザ屋を始めたんです。
岡安:
それだけの政治をリスクを背負って政治、俳優も明日がわからない職業でどんなに有名になられた方でも正直明日がどうなるかわからないって正直におっしゃるんですよね。なぜそこまで政治をやりたいと思われたんですか?
達也:
当時はいろいろな汚職事件というのが起きて、政治に対して信頼というのが失われましたし、私は恵まれたことに松下政経塾、松下・パナソニックをつくった松下幸之助の私塾に5年間通って、5年間政治の勉強させていただいたんですよね。政治が良くなっていかないと日本はよくなっていかない。やっぱりいい日本を作るには政治にかかわらなきゃいけないという思いを強くもったんです。それで、私は地盤を引き継いだ2世、3世ではないですけども自分の手で政治に挑戦をしたいと思って、ただやはり家族もできて、家族を路頭に迷わすわけにもいかないからピザ屋というめぐり合わせがあってピザ屋さんを始めさせていただくことになったんです。
それともうひとう大きかったのは松下幸之助さんが政治をやるんだったら自分の生計くらい自分で立てるそのくらいの実力をつけろと。そうでなければ納税者の視点で、これをやります。あれをやりますと言ったって説得力がないと。いただいた政治献金で生活をするのではなくて自らの手で自らの生計は立てなさいといわれたんですね。そういう幸之助さんの言葉も重くのしかかってその時にちょうどピザ屋にめぐり合ったということですね。
でも本当にすごくいい経験をしました。本当にこの店を軌道に載せるのは大変でした。週末はほぼ12時間ピザの配達してましたし、一生懸命ピザを作ってましたし、一時期家内の中に子供がいて、出産しないといけないということで家内と二人で始めた仕事だったんですけど有力なパートナーがいなくなっちゃいましたからこれは大変でした。
逆に今は全部家内に押しつけっちゃって、もう家では頭があがらないですよ。
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