宮さん宮さん
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外国でも知られてるメロディーみたいだ。オペレッタ「ミカド」に
でてくる。「miya sama」でお探しあれ。 -
皆さん 皆さん社宅の門にペタペタ貼るのは 何じゃいな トコトンヤレ トンヤレナ あれは 社名を隠蔽するため 苦肉の策の ガムテープ トコトンヤレ トンヤレナ 隠蔽工作 開き直りと 盗人もどきの 奴ばらを トコトンヤレ トンヤレナ 過去の行いひとつ残らず 緻密につみあげ 追い詰めろ トコトンヤレ トンヤレナ 音に聞こえし ドケチの社長はいずこへ 逃げたと 問うたれば トコトンヤレ トンヤレナ 恥も気概も 恥じも気概も捨てて 病院へ 逃げたげな トコトンヤレ トンヤレナ 会社をつぶすも 人を糺すも決して 本意じゃないけれど トコトンヤレ トンヤレナ 大和の国の 大和の国の 平和と安全 乱すゆえ トコトンヤレ トンヤレナ
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1868
宮さん宮さん
(トンヤレ節)
1868年3月、徳川幕府討伐の軍勢が錦の御旗を立てて進撃する
際に道々で歌っていたものとされている。明治の新しい流行歌の第 1号とも、近代軍歌の第1 号ともいわれているが、本当に行進しながら歌っていたかは不明。 なぜなら、当時の日本の兵隊は西洋の兵隊のような音楽に合わせて 規則正しく歩く訓練を受けていなかったと考えられているからだ。 作詞は討伐軍の長州藩士・品川弥二郎、作曲は同じく大村益次郎と 伝えられているが、贔屓の芸者に教えてもらったなど諸説あり、は っきりしない。果ては、イギリスからの逆輸入ではないかという説 もある。というのも、アーサー・サリバンのオペレッタ『ミカド』 (1885年) にこの曲が登場するからだ。簡単に整理しておくと、作曲が大村益 次郎である確固たる証拠は発見されていない。誰が作曲をしたかに ついては、 (1) 大村益次郎、 (2) 品川弥二郎と懇意にしていた祇園の芸者・君夫、 (3) 弥二郎が宿泊していた京都の田中文求堂の田中ふきが三味線で節を つけた、 (4) 江戸時代に流行した猥雑唄「トンヤレ節」の歌詞を変えたもの、な どがある。 -
ああ、これが「錦味噌」の元ネタかぁw
かっこいいなぁ。
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なぜ4番では薩長土なのに8番では肥が加わっているのでしょうか
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ワクワクしてくる(笑)メロディも和風で良いなぁ。
JAPANGUNKA 3 years ago 18
19世紀半ばの軍歌を21世紀初頭に聞くってのも乙だなあ。
おそらく戦国時代も軍歌や行進曲に相当するような歌謡が有ったのだろうケド、楽譜が存在しない時代だけに現存しない曲が殆どってのが悲しいね。
ChainSMOKE1988 2 years ago 13