明治大正昭和の初めまで鉄道や自動車道が無かった頃、若狭高浜から京都へ海の食材を運ぶ往来が多かったこの道を現在では西の鯖街道と呼ばれて、国交省の風景街道に認定された。
さらに昔平城宮の時代、若狭高浜は『御食国』(みけつくに)と呼ばれ、平城宮へ『御贄献上』(みにえ)の儀式があってこの街道が使われた。この街道最大の難所、若狭と丹波国境尾根の棚野坂峠越えを歩いた。
『御贄献上』(みにえ)とは税の種類で、海産物(塩、干物、鮨、など)で納税した。平城遷都1300年祭の一環で、若狭高浜から平城宮朱雀門までの130Kmを御贄献上行列が3泊4日で行われた。
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