桃山晴衣作品アーカイブ
「長者と鉢」信貴山縁起絵巻/山崎長者の巻より
作詩:円城寺清臣
作曲・三味線・うた語り/桃山晴衣
この作品は桃山晴衣が家元を止め、邦楽界から一人大海に飛び立った1975〜77年頃に発表されたもの。桃山はその10年ほど前から添田知道、秋山清などをご意見番とする「於晴会」を開き日本音楽の在り様を模索していたが、四世宮薗千寿のもとで修行を続けていた頃から知己を得ていた円城寺清臣氏もまたこの於晴会のご意見番の一人で、日本音楽に関しては彼女が特に信頼を寄せていた厳しい明治生まれの批評家である。帝劇の座付の戯作者として活躍したり、戦後は募集の作詞やドラマに入賞しては食べていた時期もあり、長唄、小唄などの作詩家としてもよく知られており、市丸の「獅子頭」「つりしのぶ」「坊主道成寺」などが代表作である。また矢田挿雲著「江戸から東京へ」の出版編集なども手掛けるなど、江戸、明治、大正、昭和の日本芸能に関して幅広い知識を持っておられた。「長者と鉢」は桃山晴衣が円城寺氏に作詞をお願いし、氏が75年に信貴山に出かけた帰り道でこの作品が生まれたという。この時期、桃山は「古典と継承」と題して、様々な日本芸能に関わる人たちを招き、邦楽を聴いたことのない一般の人たちにむけての会を積極的に開いていた。そしてこれまでの古曲宮薗節の浄瑠璃と異なる独自の語りうたの創作を自ら手掛けだし、落語家の桂小文枝(後に桂文枝)の上方語りとの共演作「雪女」もこの時期に円城寺氏の作詞で発表している。民話や昔ばなしなどを作品とする桃山晴衣の世界は、「梁塵秘抄」の世界を切り開いた十年後、1987年に土取利行と設立した郡上八幡の新たな拠点「立光学舎」で「伝でん・奥美濃ばなし」として開花継続されていく。
©立光学舎
桃山晴衣さん。
出足の三味の音も、お声も特別のもの。
ご修行のたまものでしょうね。
大阪育ちですが、信貴山の縁起は初めて知りました。
とても楽しめました。
simada120 9 months ago
四分あたりから、すごく面白い音ですね
三味線の音の多彩さにおどろかされました
ashiwaraouji 10 months ago