PART3↓
http://www.youtube.com/watch?v=VQiCwS_OfyM
日ソ間には日ソ中立条約が存在し、1945年8月時点でも有効期間内であったが、
ソ連の対日参戦は実施されることになった。
なお、同年5月頃、日本はソ連を仲介者とした連合国との和平交渉を模索しており、その中でソ連への報酬として南樺太の返還も検討されていた。
ソ連軍侵攻前の樺太での戦闘としてはアメリカ潜水艦の活動があり、
商船が攻撃されたり、海豹島などが砲撃を受けていた。
7月17日には、少数のアメリカ兵が密かに上陸して、樺太東線の線路を爆破している。
日ソ開戦前、日本軍の配置は北地区(敷香支庁・恵須取支庁)と南地区(豊原支庁・真岡支庁)に分かれていた。
北地区は歩兵第125連隊が、南地区は第88師団主力が分担し、対ソ戦・対米戦のいずれでも各個に持久戦を行う作戦であった。
北地区はツンドラに覆われて交通網が発達しておらず、国境から上敷香付近までは軍道と鉄道の実質一本道で、敵進路の予想は容易だった。
現地の第88師団では、対ソ戦重視への配置転換を第5方面軍へ6月下旬から上申し続けていたが、ようやく8月3日にソ連軍襲来の場合には迎撃せよとの許可を得られた。
what are they talking about?
doromamire 8 months ago
本日映画を劇場で見ました、途中から入ったのでこの場面から見ました、始めから見れました、ありがとうございます。
ninzao04 1 year ago