現在、花とマスカットの栽培で知られる船穂町は、昭和40年代頃まで足袋や花莛(かえん)業の栄える町でした。
花莛業は、明治30年代から大正時代にかけて、又串地区で、多くの工場で営まれていました。
倉敷市や早島町などからイ草を仕入れ、働き手も岡山県北や遠く四国などからもやってきていたほどです。「ゴザ織唄」はそうした織り子たちが、作業の単純さを紛らせるために唄っていたとされる唄です。
しかし、花莛業が衰退の道をたどると同時に、この唄もいつしかひっそりと消えていったのです。
船穂町の歴史を振り返ると、現在の町の原動力となったこの時代をないがしろにすることはできません。幸いにして、当時の花莛業、さらに「ゴザ織唄」を記憶する小野注連夫さん(88歳)が、又串地区にご健在で、平成9年7月、いわば町の文化遺産を後世に伝えようと、又串地区有志により「ゴザ織唄を唄おう会」が発足いたしました。「ゴザ織唄」は、まさに町民の心のふるさとともいえる歴史をたたえた唄です。
「ゴザ織唄を唄おう会」では、民謡藤本流師範中川正さんのご協力により、若者からお年寄りまで唄ってもらえるようやさしくアレンジしました。
今後ともあらゆる機会をとらえて普及活動を行なっていく計画です。
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