赤穂義士の墓は、泉岳寺が有名ですが、大阪にも赤穂義士の墓があります。今回は、四天王寺の近くの吉祥寺と住吉大社の摂社である大海神社に隣接する一運寺を訪れてみました。
吉祥寺は、1630年(寛永7年)創建の曹洞宗の寺院ですが、創建当時の住職が浅野主匠頭長矩と親しい間柄で大坂における浅野家の菩提寺だったようです。足軽の寺坂吉右衛門が切腹した46人の遺髪、遺爪、鎖かたびら等に銀10両を添えて義士の冥福を祈る碑を建ててくれるよう吉祥寺に依頼したため、1739年(元文4年)建立されたそうです。
一運寺は、住吉大社の摂社である大海神社に隣接し、大石内蔵助・主税父子と寺坂吉右衛門の墓があります。もともと赤穂義士の墓は、明治の初め廃寺になった住吉の龍海寺にあり、その寺には47士全員の墓がありましたが、散逸し、当寺の住職が残った墓を引き取ったのが、この墓だそうです。
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