武尊師子舞の由来
人皇八十二代後鳥羽天皇文治五年、源頼朝が大病にかかり 、その平癒祈願を鎌倉鶴ヶ岡八幡宮にかけ、鎌倉より相模小太郎義国を京都に遣わし、白川家の小姓井上正兼が都より鎌倉に下り、八幡宮において師子舞を奉納しました。
その節、小太郎義国のせがれ、子平太なるもの、師子舞の業をすべて、習得しました。
やがて頼朝の病気は全治いたしましたので、 頼朝は日本国中の大社に銅造り宮を奉納せしめました。
相模小平太は藤原武尊神社に銅宮を奉納し、その時師子舞を行いました。・・・・・時は、建久二年六月。
小平太は永く藤原の治にとどまり師子舞の業を教え、その時より武尊師子舞は始められて、今日に至りました。
私の祖父は藤原中区山口の出身です。以前祖父と諏訪祭りを見に行った事があり、その優雅な囃子と力強い舞が、群馬県内の他の獅子舞と大きく異なっていて、非常に驚きました。
これは下区の獅子舞ですね。下区では昔から「師子舞」と書くのだとか。山村の伝統芸能を末長く守って戴きたいですね。
7akegarasu 1 year ago