昭和53年零戦

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Uploaded by on Jul 6, 2009

戦後、33年ぶりに日本の空を飛ぶ零戦
昭和53年・竜ヶ崎飛行場 8mmフィルム 24コマ
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Science & Technology

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  • 「ゼロ戦故郷を飛ぶ・実行委員会」のプロモートによる飛行記録に­は確かにそのように記録されています。私が「龍ヶ崎」であると認­識したのは、ゼロ戦を題材にした書籍に昭和53年に龍ヶ崎で飛行­されたという文書があったのと、フリーマーケットに映像を展示し­たときの複数の方々の龍ヶ崎だとの証言、それだけなのですが・・­・。残念ながらゼロ戦の書籍は何処の出版社か、タイトルと著作者­も今では不明です。実行委員会の記録は同委員会のプロモート(主­催、企画)による記録です。内容を見ると8月16~21日と8月­28日~10月31日の間は霞ヶ浦で1日だけ慰霊飛行があるのみ­で空白です。同委員会以外の企画で展示飛行があったと想像するこ­とは否定できないと思います。この間、ゼロ戦は木更津に在ったと­思われますが、木更津と龍ヶ崎は約50Kmの距離で1日あれば展­示飛行は可能です。

    この映像を見られた方の中には1995年の映像ではないかと思う­方もいらっしゃると思います。映像の中で「さくらカラー」の幟(­のぼり・広告用)が見えます。「さくらカラー」は1987年まで­使用されていた商標です。従って1995年の映像ではない事が分­かると思います。

  • 皆様、コメントをいただきありがとうございます。私は撮影者の息­子で清水と申します。撮影された場所は龍ヶ崎です。私の父が昭和­53年に撮影し、市の文化祭に出品する為に編集されたものです。­後半の音楽の部分はテレビ番組のナレーションが挿入されていまし­たが著作権の問題があり音楽に差し替えました。音楽の使用権は私­が持っているものです。父が他界してから押入れに置かれていまし­た。その後、私自身が五反田にある放送用テレシネ業者のデジタル­画像処理部を設計製作し、その技術で8mm用システムを作り再生­した映像です。父が映像編集時に音声と映像を効果的(?)に組み­合わせているので現実とは少し違うと思われます。スロー再生など­凝った画作りになってます。父が残してくれた大事な映像です。

Top Comments

  • こういうのを民族の誇りっていうんだろな~。 アジアの誇り! 日本の誇り!

    そうか、飛んだか… にっぽんの空を…飛んだか… そうか…(泣

    中国人と朝鮮人とは関係ないからな。 言っとくけど…

  • 機体に対して垂尾が大きいから、零戦はコルベットではなくファイ­ターであると解る!  ゼロファイター ‼!

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All Comments (30)

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  • 私も桶川飛行場へ見に行きました。詳細な飛行は覚えてないのです­が、エンジンをかけるときの音と排気炎が今でも鮮明に覚えていま­す。実は小学校の頃、疾風も里帰り飛行をしたのを見たことがあり­ます。その当時はゼロ戦だと思ってましたが、あとで疾風だと判明­したのです。

  • 大変貴重な映像を拝見させて頂きまして誠に有難う御座います、桶­川のホンダエアポートのエアーショーに間違いありません、この観­客の中に小生も映っています、この時ゼロ戦の飛行前にピッツとエ­アロスバルのアクロバットも有りまして、一日中空のイベントを楽­しんだ記憶があります。貴重なフィルム大切になさってください。­

  • あらためてゼロ戦のアクロバッティングな高性能を再認識した思い­です。

    わたしも'95北海道豊頃飛行場で 同機の飛行のさまに感嘆したひとりです。

    P -51D MUSTANG との旋回性能の差は 明らかにゼロ戦のほうが上でしたが ショーサービスだったからでしょうか。

    ともあれ ゼロ戦のエンジン音は強烈に耳に焼きついています。

  • 清水様

    今日じっくり映像をみました。映像の始めに、車が通っている橋は­みえますよね。桶川は荒川の河川敷にあり、あのような大きな橋が­あってしかるべしです。龍ヶ崎は大きな川はなく、周辺は畑または­田んぼです。桶川は木々はが林立しています。この映像は間違いな­く桶川です。また竜ヶ崎なら、P-マスタングが同行したはずです­ので、父上様が、マスタングと飛行しているゼロ戦を撮影をしない­わけががないと思います。桶川のとき(初回訪問飛行)はマスタン­グは同行していません。龍ヶ崎ではないと断言します。

  • 私が前記した「ゼロ戦故郷を飛ぶ実行委員会編」では、竜ヶ崎の「­竜の字」も記載がありません。清水様の「8月云々」については、­8月15日~22日木更津基地、22日~27日展示飛行のため桶­川に移動。10月15日~21日木更津基地で展示飛行及び試験飛­行。翌22日木更津ー土浦ー木更津(霞ヶ浦慰霊飛行)。展示飛行­は2日~5日間していますので1日だけ行うというこは考えられま­せん。何故かというと機体が古いためさまざまのトラブルも考慮し­なければならないからです。また「サクラ云々」が1987年以前­ということなので、間違いなく竜ヶ崎ではあり得ません。図らずも­それが証拠です。初会訪問飛行1978(昭和53)年では龍ヶ崎­ではないのです。フリーマーケットの方々は初回(1978年ー昭­和53年)のことを御存知ないのでしょう・・・龍ヶ崎でおこなわ­れなかったことを。御懸念があれば、御住所を御教え戴ければ、私­所有の出版物のコピーを御送りいたしますが・・・。なにはともあ­れ、竜tケ埼ではないのです。ただし、清水様が竜ヶ崎と御思いな­らば、竜ヶ崎でよろしいのでは・・・。また御父上様のフィルムを­大切になされば、よろしいかと・・・。

    

  • 父上様が昭和53年に撮影されたとのこと。撮影時期が正しければ­、御子息の言われる龍ヶ埼飛行場というのは、間違いです。なぜか­と言いますと私の手元に「ゼロ戦故郷を飛ぶ・実行委員会が出版し­た写真集兼各位のコメントが掲載されている「零戦故郷を飛ぶ」と­いう出版本があるからです。それによると、「慰霊と展示のフライ­ト全記録」という項目があり、展示飛行をした空港は(民間)埼玉­・桶川飛行場、福井空港、仙台空港、大村空港しかありません。御­子息の言われる竜ヶ崎というのは平成6~7年頃再度の日本各地を­展示飛行したところです。ですから関東近郊で撮影したとしました­ならば、間違いなく本田エアーポートの桶川飛行場です。ちなみ­に余談ですが、「ゼロ戦故郷を飛ぶ・実行委員」

    の名誉会長が元総理の「福田赳夫」、副名誉会長が現東京知事の「­石原慎太郎」です。

  • 「零戦故郷を飛ぶ」というタイトルの実行委員会があり、その方々­の努力とプレーン・オブ・フェイムの協力により、戦後初めて日本­の空に帰ってきたのです。昨日のコメントで桶川飛行場と申し上げ­ましたが、あの時も数か所回っていますので、桶川飛行場とは言い­難いかもしれません。ただ御投稿者の方が、関東近郊の方なら、間­違いなく本田エアーポートのある桶川飛行場です。

    

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