これから行われる麻薬についての教育的な演劇プログラムで、3つの案が作られた。そして、それらについての話し合いを行った。麻薬撲滅ではなく、麻薬を使わせないためになにができるか。新しい演劇プログラムのために、スタッフは3つの演劇の素案を考えた。1つは、麻薬常習者と、そうでないひとを比較できる内容の演劇。2つめは、麻薬を食べてしまった動物が登場し、それをとりまく人々の物語。3つめは、麻薬常習者が健康な友人たちの助けによって更正していく物語。子どもたちにも見てもらい、反応を聞く。実際に見るのは子どもたちなのだから。その後、スタッフで話し合いを持つ。それぞれ、何が良くて何が良くなかったか。体勢は3つめのシェハーンが演じる物語が、子どもたちの反応もよく、おもしろくわかりやすい。動きも多く退屈しない内容だというのだ。いくつかでたのは、更正するシーンで、まとっている汚らしい衣装をぱっと脱ぎ去って、きれいな服装に替わるのだが、いわゆる「服を脱ぐ」シーンを見せるのは良くないだろうという意見や、きれいな服装や、クリーンなイメージに、洋服を使うよりは、やはり伝統的なローカルな衣服を用いた方が良いだろうというもの。だが、本質的に、この演劇プログラムでなにを伝えていくべきか。そこの話になったとき、議論は一変する。結局午前中の話し合いでは結論や方向性は見いだせず、午後にもちこしとなった。 また、カブールのような都市部では、このプログラムはわかりやすいかもしれないが、地方に行けば行くほど状況は深刻で、むしろまったく伝わらないのではないか?というもの。地方の村では、けがをしたり病気で痛みを感じるとき、麻薬を注射したりアヘンを吸飲することで痛みを和らげてしまう。ある種の薬だと勘違いしてしまっている節まであるのだ。なかなか寝付かない赤ん坊や、けがをして痛がっている子どもにアヘンを吸飲させることもよくあること。これらの事態からすると、麻薬常習の状態から更正していく課程というのは、まったくもって意味不明なものになってしまう。いわゆる常習によって廃人のようになってしまっている人ではなく、当たり前のように暮らしている人々が、生活手段として麻薬を用い、その害や危険性に気づいていなかったり、わかっていてもほかに事態を解決させる手段を持っていないことが問題なのだ。
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