これまで3回ほど「貧困の観察」を行ってきた。しかし、今回は別に「貧困」を視に来たつもりはなかった。なぜなら、ギャンブルをするのは貧乏人と決まったわけでないからだ。しかし、この「平和島競艇」に来てみて、わたしは驚いた。なんという数の「老人」たちだろうか!!そしてそれらのほとんどは非常に貧しそうに視える。もしかしたら、一日中、寒い中を街中駆けずり回って集めた空き缶を売って得た、なけなしの「収入」をここで「勝負」してしまっている者も多いのかもしれない。
テクノロジーの便利さとは、必ず弊害を伴うものだ。車が増えれば、人は体力が低下し、空気は汚れる、と云った具合に。「すぐれた医療」というのは、誰しもが求める「進歩」のひとつだ。もちろん、この「進歩」の恩恵は計り知れない。少し古い小説などを読んだりすると、聞いたことのない病気で苦しんだり、ときにはあっさり死んでしまったりする場面にちょくちょく出くわす。平均寿命が70を越すというのは、実にスゴいことなのだ。
このところ、多くのホームレスや日雇い労働者を視てきたが、彼らのほとんどは高齢者で、もう何十年も底辺の生活を続けてきたのだろうことが、顔に刻み込まれている。それを他人が救い出してあげることなど、不可能だ。彼らのように苦しい生活を強いられてきた者にとって、医療の進歩は皮肉にも、苦しい生活をただ徒(いたずら)に引き伸ばしているようにさえ映る。
「ものづくり」を礼賛するような声を、テレビなどでよく耳にするが、わたしの父が、この「京浜工業地域」で工場を営み、バブルの崩壊によって、彼の人生も翻弄され、酒に溺れ、短い生涯を終えたのを視てきたわたしには、それが実にうすっぺらな「幻想」に過ぎないと思えてならなかった。
このところ、ようやく「昭和」という時代について、いくらか知るようになり、わたしが感じていたことが、ますます裏付けられてきた。あたかも「ものづくり」が日本の本来の姿であるかのように喧伝されるが、まったくそんなことはなかったのだ。これはなにも最近の出来事ではなく、古来繰り返されてきたことなのだが、「歴史という記憶」は常に、為政者によって刷り変えられてしまう。
聖徳太子だって、あんなに超人的な能力を持ってはいなかっただろうし、源氏は平家を極悪非道に仕立て上げ、徳川は足利を逆賊であると決め付けた。まあ、そうすることで社会秩序を保たなくてはならなかったのだろうが。そして、「ものづくり」という美徳もまた、為政者によって刷りかえられているのだ。
戦後、マッカーサーからの指令「経済9原則」には、産業の効率化、生産力の工場が挙げられていた。それは日本の官僚や政治家たちにとっても、都合のいいことだっただろう。そのような流れで、わたしの父も「集団就職」のために、電車に揺られ上野駅までたどり着いたのだ。
今、ちょうど1930年代を描いた小説を読んでいるのだが、長年「米づくり」を営んできた農民たちは、欧米から「近代化」を押し付けられることに嫌悪し、恐怖していたことが覗(うかが)える。
石川達三「蒼氓(そうぼう)」
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/novel/ishikawatatsuzo.html
日本の農村のどこに農村らしい駘蕩(たいとう)としたものがあろう。生活の絶えざる脅威と圧迫、絶えざる反抗と焦慮、不安と怒りと絶望とが有るばかりだ。
なにが貧困だ(*`д´)文章読んでも競艇場の人とまったくもって結びつく根拠がない!
金があろうが無かろうが関係のない!競艇はただのギャンブルのように見えてれっきとしたモータースポーツだということを理解してもらいたい。
また、場内撮影禁止なのに撮影をしているところを見るとup主様はルールを守られてない様子・・
・根拠のない自論を話す前にマナーを守りましょう!
MrYandereyakkun 2 weeks ago
映像よりも紹介文の巧みさに脱帽。
Mr786312 6 months ago