なぜ千利休は秀吉から死を賜ったか? これまで幾つかの憶説があったが、説得力に乏しかった。謎を解くカギは、聚楽第と御土居の位置関係に秘められていた。「皇帝(あるいは天皇)になろうとした秀吉に協力しなかったため利休は切腹させられた」というのが、事件の真相であると信じている。これまで利休の切腹理由とされていた諸事は、真の切腹理由の結果として派生した様々な現象だったといえる。
切腹理由の真相を知った以上にショッキングなことは、怨霊神になろうとした利休の心情である。利休が堺に追放されるときに息女お亀に残した文には菅丞相になれて果報であるとかかれている。菅丞相とは菅原道真のことである。天満大自在天神という大怨霊となり神となった菅原道真のようになることを利休は望んだ。利休も見たであろう北野天神縁起絵巻によれば、道真の怨霊は火雷神となって出現して御所の清涼殿を焼き、彼にぬれ衣を着せた藤原時平と醍醐天皇に死を与えるなどの復讐を行ったとある。利休が大徳寺の古溪宗陳に宛てた辞世の句「白日青天怒電走ル」にある怒電とは、利休が火雷神として蘇ることの予告ともいえる。怨霊となって秀吉に復讐し、皇統を守ろうとした利休の壮絶さが伝わってくる。しかし菅原道真とは異なり、利休は世間一般からは怨霊とは見なされていない。怨霊として畏れられるには、その死に余執妄執がつきまつらわねばならない。利休の場合は、切腹理由が不透明であったため、世間からそのような死とは受けとめられず、怨霊信仰の対象にはならなかった。しかし利休切腹から24年後の大阪夏の陣で豊臣家は滅亡した。利休は、彼が望んだ怨霊神になれたのではなかろうか。
これまで一般に広く受け入れられていた利休のイメージとは全く異なる人間像が浮き彫りになった。
<以下は作者がつくった関連サイト>
御土居の謎を解く:
http://www.youtube.com/watch?v=iBlUrRSyRVQ
幻の聚楽第拡張計画(利休切腹の背景がさらによく分かると思います):
http://www.youtube.com/watch?v=lT4RnoEbyCE
秀吉の聚楽第:
http://www.youtube.com/watch?v=s4laO3OT8zY
なるほどと思いました。光秀が本能寺で信長を討ったのも、結局、信長が天皇をさしおいて、自分が日本の皇帝になろうとしたのを光秀が阻止したのではないかと思っていましたが、信長の野望を受け継いだ秀吉も同じことを考え、それを利休が阻止したため、切腹したということになるのでしょうか?
candypapa 8 months ago