お山の杉の子
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この歌は6番まで、あったのですね!、3番までが教科書?にあっ
た気がします。 小学4年に終戦となり、疎開先の父の実家には同い年の従兄が居ま
した。小作農家の実家には広い田はなく、山の麓の田から一段下の 順に少しずつ広くなっていた様でした。 山には杉の木があり、何時も口ずさんでいたものです。
或る日従兄と2人で田の草取りをする様に言われ、草取り機(単式
)を其々担いで離れている田まで行き、上段から行い下に行くにつ れ水は濁っていました。 二人で話し合い一列とばしで片方の足で草をすくい仕事を終えた折
は水の濁りで終わったな!、の感がしました。数日後、学校から帰 ると田に来るようにと叔父からの伝言との事、田に行くと草取り機 と足跡の列が水の中にくっきりと見えており、叱られた上にやり直 しをさせられた事が、この歌を聞くと当時の事やゴムホースタイヤ の錆びた大人用自転車の三角乗りで庭先の崖(約3M)から転落し た事等、この年になると好く怪我をしなかったものだと思い出され ます。 @fujiriver1 -
放馬過來!清國奴,支那豬!我大日本帝國才不怕您們咧!
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擊敗清國奴,支那豬!統一大日本帝國!
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大日本帝國萬歲!統一大日本帝國!
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たしか小学校の運動会踊った記憶があります。
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それは、その、通りだ!
父さんも!ちょうど七十年前に、生まれたが、今ね、チョット忘れ
っぽいボケが… -
今から70年も前の物語。あの頃はこの歌の通りだった。誰も疑問
を抱くものは居なかった。そして皆が幸せだった。80歳の爺です 。国家の役に立つことこそ最高のモラルだった。それでなのが悪い のですか。日教組:アメリカの占領政策に従っているだけではない か。日本の教職員組合になって欲しい。 -
この歌を聴いたのは本当に久しぶり。戦争中小学生だった人は戦後
もよく歌っていた。 現代の子供には歌詞も曲調も古くさく感じるかもしれないが、さわ
やかでいい曲。 -
この歌詞は大国ロシアの南下政策に立ち向かった明治人の日露戦争
前の頃の背景を歌ったものだとその昔、小学校で教わりました。 東亜の弱小国が富国強兵を国是とした時代です。切磋琢磨するけな
げな気持ちを歌ったものだと思います。 山高きが故に偉からず、木の多きを持って尊しとする。 大切なのは外見ではなくて中身だという事でしょうかね。
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音楽のサイトに特定の思想を書き込んで欲しくないです。音楽には
右翼も左翼もありませんよ。
色の付いていない子どもに教育をする立場の義務教育教師の半数以上が極左翼日教組まともな教育ができるはずが無い、恥を知れ日教組
pontakun2525 3 years ago 18
日教組のやり玉になった可哀相な曲
yosiigawa 3 years ago 13