Uploaded videos
1-10 of 13-
『兵庫 篠山市篠山』 ~城下町の秋祭り~
GebaGeba90jp
1,553 views
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.14
撮影日:2006年10月15日
丹波篠山は400年の歴史を持つ城下町である。城を中心にして、その周辺に武家屋敷、さらにその外側の街道沿いに商人町が配置された町割りが、今でもそのまま残っている。
商家と武家屋敷の両方が残っているのが、いかにも城下町らしい。
-
『三重 関町関宿 ~伊勢鈴鹿の関~』
GebaGeba90jp
2,147 views
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.12
撮影日:2006年8月13日
鈴鹿国定公園の南山麓に位置する「関」が歴史に登場するのは,古代日本三関の一つ「鈴鹿の関」が7世紀にこの地におかれてからで,これが地名の由来となり,古くから交通の要衝であった。
「壬申の乱」の舞台、「斎王群行の道」、一休禅師による「関地蔵開眼話」、さら...
-
『滋賀 五個荘町金堂 ~近江商人を訪ねて~』
GebaGeba90jp
1,678 views
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.11
撮影日:2006年6月4日
五箇荘は琵琶湖の湖東平野のほぼ中央にあり、江戸中期頃から全国に店舗を展開する近江商人が現れた。古代条里制地割りを基本に形成された農村集落である金堂では、江戸時代後期から昭和前期にかけての近江商人の本宅群と伝統的な農家住宅が、寺社や周辺の水田とともにすぐれ...
-
『~中仙道~ 長野 南木曽町妻籠宿』
GebaGeba90jp
4,710 views
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.10
撮影日:2006年5月3日
中山道に置かれた木曽11宿の一つで,馬籠宿から馬籠峠を越えて至る山間部の宿場。元は板葺きで,二階に手摺りをもつ旅籠屋形式の町家が連続する。昭和51年に妻籠は角館町(秋田県)、白川村(岐阜県)、京都市、萩市とともに初の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された。
-
『滋賀 大津市坂本 -石積みの門前町-』
GebaGeba90jp
1,473 views
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.9
撮影日:2006年3月5日
坂本は平安時代より延暦寺と密接な関係を保って発展した。中世には近江最大の都市として繁栄したが,近世に入り,門前町と里坊群が形成された。里坊の建築と庭園,穴太衆積みの石垣等が,緑深い樹木や清冽な水路等とともにすぐれた歴史的風致を維持している。
-
『奈良 橿原市今井町』
GebaGeba90jp
1,554 views
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.8
撮影日:2006年01月15日 Small Size
今井町は奈良県北部に位置し,天文年間(1532~55)頃には称念寺の寺内町として誕生したと考えられています。江戸時代初期には東西600m、南北310m、 周囲には環壕(約3間)・土居を築き、9つの門がありました。戸数は1200・...
-
『滋賀 近江八幡市八幡』
GebaGeba90jp
1,733 views
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.7
撮影日:2005年12月11日
近江八幡は京都から東口へ通じる東海道,中山道,北国街道が集まる湖東平野の中央に発達した町で,近江商人の根拠地として繁栄した時代の瀟洒な主屋や土蔵等が多数現存する。特に大型町家と前庭の見越しの松が連続して並ぶ景観は圧巻である。
-
『京都 祇園新橋』
GebaGeba90jp
2,004 views
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.6
撮影日:2005年11月13日
祇園は祇園社をはじめとする鴨東の社寺や鴨川に接して開け,中世以来,庶民文化や芸能を育ててきたところであった。そして,江戸初期に完成した鴨川の築堤工事は,鴨東への市街地の拡大と遊興の地としての祇園の発展をさらにすすめていった。祇園は,祇園外六町に続いて,...
-
『京都 上賀茂』
GebaGeba90jp
943 views
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.5
撮影日:2005年10月23日
上賀茂は、上賀茂神社の神官が住居を構えた「社家町」であり、巡らされた塀と、門の前にかかる石橋が特徴的な景観である。上賀茂神社は、京都最古の神社の一つであり、本殿と権殿は国宝に指定されており、さらに全体が世界文化遺産に登録されている。
-
『大阪 富田林町』
GebaGeba90jp
512 views
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.3
撮影日:2005年9月18日
富田林は都会に近く生き続ける江戸末期のまちである。永禄3年(1560年)西本願寺宗興正寺14世、証秀上人は、礼銭百貫文をもって、南河内地方の荒地を申し請けて興正寺を建立し、周囲に畑、屋敷、町割等をして名称を富田林とした。
Advertisement










Play all(13)