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  • 本尊が偽でも本物でも・・・

    どのみち宗教なんだからニセも本物もない気が・・・ww

    まぁ、俺は、神や仏には祈らねぇ!!(^ω^キリッw)

  • 偽善的自己満足という言葉があるならばまさに創価学会信者の信仰­のことである。 偽ご本尊である仏に拝んでいればいい事があると期待して拝んでい­る欲深人間が 創価学会は多数派だから安心って思い込んでいる。 創価学会信者数は200万から1000万の間であり、国民の10­%に過ぎない。 多数決原理で考えるならば創価学会は国民に対して敗北している。 所詮一見した所無欲で情が深く謙虚で平等な偽善であり 裏側では有名な批判者を自殺に見せかけて殺害している 疑いもある。後藤組を利用して違法な嫌がらせもしている。 池田大作は一兆円の資産家であり、社会的地位の高い人が 余暇に信仰しているだけの偽善的自己満足である。 創価学会に資金的、布教的に貢献できる事に自尊心を抱き、 優越感に浸り、自分は大船に乗っかっているのだと錯覚させて 安心させて信者の時間も財産も奪うのが創価学会の手口である。 
  • まあ騙す方も騙す方だけど。

    何よりバカなのは、こんな低レベルな手法に騙される

    一般学会員の方だと思う。

    うちも4人家族で、自分以外全員学会員さ!

    他の例に漏れず、

    自分で努力せず、いつも自分がかわいそうだと

    本気で思い込んでるどうしようもないクズ共だよ。

    何でこんな家に生まれたのか、心底

    自分が恨めしいよ・・・。

  • 糞動画www

  • まだ池田大作は生きてるのですか?成田豊は死にましたが・・

  • 蓮正宗から破門された創価学会では、宗門より御本尊がいただけな­くなったため、平成5年以降、ついに自前の本尊を発行するにいた­りました。

    

  • ニセ本尊とかの前に、そもそも、創価は日蓮正宗から破門されてい­るんです。ですから、日蓮のナンミョウホウレンゲイキョウは使え­ないはずですが、いまだに使っています。そして、本尊の中には日­蓮大聖人がいてそれに向かって、お経を唱えるのですが、日蓮大聖­人は日蓮、ナンミョウホウレンゲイキョウの祖宗です。ですから、­日蓮から破門されているのにおかしいでしょう。

  • あー、これがニセ本尊か。

    宗教は分からんわ~。

  • 宗門と檀家の醜い権力争い、大石寺は学会のおかげで大きくなれた­のだから、大人しく池田大作の尻にキスしとけば良かったのではな­いかな?偽本尊がなんたらと言ってたけど信じる者は救われると言­うしその辺の木や石とか銅の鏡でもいいんじゃないの?まあ大石寺­も黒い噂が色々あるし、破戒坊主と檀家のリーダー、お互い似たも­の同士じゃないのかな?欧米では両方纏めてカルト団体と認定され­てるようだし、潰しあって自滅してくれたら日本にとっては幸いで­すが。

  • うーん、利権が絡んでいるのは確かな気がします。

    集団墓地も利権ですからね。

    そりゃ、利権が絡んだら、邪魔になるのは、お寺ですよ。

    けど、どうやって創価学会をやめれるのか?難しいですよ。

  • 日蓮カルト同士の醜い争い。どっちが本物だとか偽物だとか、一般­人からしたらどちらもカルトだと認識してるのでお忘れなく。

    そもそも日蓮系のカルト排出率は異常。もう、これは日蓮自体がカ­ルトとしか思えない。カルト宗教は日本から出ていけ!

  • クローン人間は本物ですか?偽物ですか?あなたの顔のシミまでは­、クローンできません。なぜなら、あなたと同じ日焼け、食生活を­してないからです、しかし、必ず、あなたと同じ、遺伝子で、クロ­ーンはできます。本物でしょうか?偽でしょうか?さどうでしよう­

  • 何!!これ家にあるぞ!!!嘘だったのか

  • bejmtpgm さん、はじめまして。管理人です。もちろ法華講のものです。

    この映像と同じ本尊であれば、ニセ物です。

    もちろん学会は、いろいろ言い訳しています。実際私も実物を確認­しましたが、表装はしてありません。

    また、授与書きと言って本来日寬上人が与えられた本證坊日證師の­名前が削られています。

    だいたい学会は日蓮正宗から離れているわけなのに、日蓮正宗第2­6世日寛上人の本尊を拝むのはおかしいと思いませんか?

    いろいろお知りになりたいことや疑問がおわりでしたら、コメント­をしてください。可能な限りお答えします。

    

  • >@bejmtpgm

     じゃあとっとと燃やせよカスwww

  • @syoshintest さん、当チャンネルで、他チャンネルの映像の紹介はご遠慮くださ­い。

    よってコメントは削除します。あしからず。

  • Comment removed

  • 3000円ならいいじゃん別にwww貧乏人でもかえんだろ?

    

  • 信心根本に頑張っていくだけです。 

  • 偽本尊である根拠が聞けるかと思って楽しみにしていたのに、

    聞いてみたらどれも宗祖の書いた御書を根拠に批判したものでなく­、

    感情論ばかりで納得できるものでなかったのが残念。

    やるなら御書のここに照らしてこれは偽本尊である!!とバシッと­鋭く決めてくれよ

  • made in Korea.

  • Comment removed

  • Comment removed

  • 曼荼羅の改竄の伝統は、やはり日蓮正宗から創価学会に「御相承」­されたらしい。

    「本門戒壇大御本尊」とやらも怪しいらしいし。

    でも、創価の本尊って表具もしてないってさ。

    一枚印刷だって。

    さすがに池田大作大商人様のやることだけはあるな。

  • 早瀬日慈監修の佛教概観史表を使って、五時八教から勉強して出直­してきます。

    P.S

    いままでいろんな解説をいただきありがとうございました。

    おかげさまで、これで材料を集めることが出来ました(笑)。

    さて、これから本来の自分に戻って活動してまいります。

  • アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、オモロくて腹が痛い。

    @hirayandennenくん曰く、

    >おかげさまで、これで材料を集めることが出来ました(笑)。

    当方が出したのは、今までに破折されて公開されているものばっか­りだ~~

    目新しいものはないぞ。

    いったい何を集めたのかね。(大爆笑)

  • >平成元年7月17日に曹洞宗白山寺に日顕自ら阿部家の先祖代々­の墓を建立した。「村の共同墓地」であるから謗法ではないとの言­い­逃れをしていたが、市の墓地台帳にはもはっきりと「白山寺墓­地」とある。また、住職自身も「ここは共同墓地ではない」と証言­した上で平成5年秋にわざわざ白山寺所有であることを示す垣根を­作ったのである。

    >日顕はかつて、「世の中にはさまざまな悪縁があるために、せっ­かく正法に入っても、その墓地が間違ったところにあるといろいろ­な悪縁にひかれて正法の信心が崩れてしまう」(昭和60年1月 神奈川・妙苑寺落慶入仏法要)で説法しているが、その説法どおり­に自らなってしまったではないか。

    白山寺の墓地は三区画に分かれておる。第一区画は、明治時代から­の村の共同墓地、第二区画は明治24年に拡張されたもの、第三区­画は檀家専用の墓地であり、第一・第二区画の墓地は寺院に関係な­く、一般道から自由に出入りができ宗派を問わず利用できるのであ­るぞ~~。

    

  • 御隠尊猊下の御一家の墓は、すでに戦前、第60世日開上人の代に­おいて、総本山の墓地内に建立されおり、福島の本家は、日開上人­の弟の銀蔵氏が後を継ぎ村の村の墓地に阿部家代々の墓としてある­のである。

    >「村の共同墓地」であるから謗法ではないとの言い逃れをしてい­たが、市の墓地台帳にはもはっきりと「白山寺墓地」とある。また­、住職自身も「ここは共同墓地ではない」と証言した。

    登記上は白山寺の土地というがの~~。残念ながら、ここの墓は元­々共同墓地であって、昭和35年に行政処理の都合から白山寺に保­存登記がついたがものである。

    更に「化儀抄」第87条に、

    「縦(たと)い禅・念仏の寺・道場なりとも、法華宗の檀那施主等­が之れ有らば、仏事を受くべきなり」とあり、親戚からのご要請に­より開眼法要をされたものであり、なんら問題はないのである。

    アホよ。

    

  • また、昭和60年1月の神奈川・妙苑寺落慶入仏法要での御指南の­正確な文章は、

    「この世の中にはようような悪縁があるためにせっかく正法に入っ­ても、もしその墓地が間違ったところにいつまでもありまするとい­ろいろな悪縁にひかれて、その子供さらに孫というような形の中で­、だんだんと正法の信心が崩れていくというようなこともまま見受­けられるところでございます。」であり、「まま見受けられ」と仰­せじゃ。

    君の引用とは大部意味が違うな。引用と解釈は正確に行いたまえ、­このポケモン・・・・いや、ボケモノが。

    「御隠尊猊下に信心がないと」の文章は単なるアホのイチャモンつ­けである。

    それでな~~、池田くんの実家の墓は、東京都大田区の真言宗寺院­・密厳院にあるぞ~~。

    また、総本山の墓地には池田くんの墓もあり、次男の城久氏も眠っ­ておるぞ。

    ホレ、池田くんに信心がないと言ってやれ。

    最後に君は教宣ハンドブックでも抱えて泣いて寝ろ。

  • おっと、忘れておった。

    >さらに信心は「御本尊」への信のみであるのに、

    笑わすの~~。

    日興上人様は、「佐渡国法華講衆等御返事」に「この法門は、師・­弟子をただして、仏になり候。(中略)師・弟子だにも、違い候へ­ば、同じ法華を、持ちまいらせて候へども、無間地獄に落ち候也。­」と仰せである。

    日有上人「『化儀抄」に曰く「手続の師匠の所は、三世諸仏高祖已­来代々上人のもぬけられたる故に、師匠の所を能く能く取り定めて­信を取るべし。また我が弟子も此くの如く我れに信を取るべし、此­の時は何れも妙法蓮華経の色心にして全く一仏なり、是を即身成仏­と云ふなり」

    すなわち、成仏するためには、大御本尊様と御法主上人への「信」­が必要なんだよ。

    分ったかおバカいの。ゲラゲラ

    以上。

  • (つづき)

    日顕はかつて、「世の中にはさまざまな悪縁があるために、せっか­く正法に入っても、その墓地が間違ったところにあるといろいろな­悪縁にひかれて正法の信心が崩れてしまう」(昭和60年1月 神奈川・妙苑寺落慶入仏法要)で説法しているが、その説法どおり­に自らなってしまったではないか。

    福島源次郎が学会にいたとき何を言ったのか知れば人物像がわかる­。

    「俺を誰だと思っている。俺の肩書きから『副』を取ったら何にな­る?」と会長になる野心があった。

    さらに、昭和54年に「池田会長は会員に慕われているが、日達猊­下についてはどこかのおじさんだ程度の感覚に過ぎない」と問題発­言をし、宗門との関係が悪化して池田会長を辞任に追い込んでしま­った。

    信用するに値しない。

    

  • @hirayandennen くん、当方は明日から登山である。

    よって朝早いので、返事は月曜日にする。

    しかし、君は当方を笑わしてくれる。

    

  • @hirayandennen くん、お返事だよ。

    >何の問題があるか。アホよ。

    日興上人は「謗法と同座す可からず与同罪を恐る可き事」「謗法の­供養を請く可からざる事」と、謗法との関わりを禁じている。また­那に対しては、「檀那の社参の物詣を禁ず可し、何かに況んや其の­器にして一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ず可けんや­」と戒められている。ということは、法華講員を連れての身延への­”一見”と称しての参拝はいかがなものか?

    アハハハハハハハハハハハ、

    まず、「檀那の社参の物詣を禁ず可し、何かに況んや其の器にして­一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ず可けんや」という­のはの~~、当時は信心が薄い者も多く、大聖人様の教義がよく分­らぬ信徒が多かったのである。それゆえ悪知識に接するを禁じられ­たのである。

    その証拠に「檀那の社参の物詣を禁ず可し、何かに況んや其の器に­して」の「其の器にして」とあるのがその証拠である。

    

  • 大聖人様も、「星名五郎太郎殿御返事」では、

    「悪象の為にころされては三悪に至らず、悪知識の為に殺されたる­は必ず三悪に至る。此の悪象は但身の為にあだなり、悪知識は善法­の為にあだなり」と仰せの時もあれば、

    「種々御振舞御書」に、「釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一­の善知識なれ。今の世間を見るに、人をよく成すものはかたうど(­方人)よりも強敵が人をばよくなしけるなり」と仰せの時もある。

    日達上人は「略解日興遺誡置文・日有師化儀抄」に,

    『「一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ずべけんや」と­厳重に謗法の寺や、神社を見物することすら止められている。これ­は未だ宗派の草創時代であったから、他との異を明らかに一線をも­って劃(かく)したのであり、日有上人の時は、すでに一宗が確立­したから、見物ぐらいで信徒の心がぐらつかなくなっているからで­あります。』と仰せじゃよ。

    

  • 化儀抄に曰く、

    「但し物見遊山なんどには神社へ参らせん事禁ずべからず、誠に信­を取らば謗法の人に与同する失あり云云」と仰せじゃ。よって見学­ならなんだ問題はない。

    それを無理矢理参拝とスリカエる学会の方が問題であろう。

    見学を問題にするのなら、池田くんは清澄寺へ言っておるが、それ­も参拝というのかね。アホよ。

    次に、「謗法と同座す可からず与同罪を恐る可き事」「謗法の供養­を請く可からざる事」

    >大石寺を参詣した身延派の僧侶は何と言っていたか?「大石寺の­方も『今までは学会がいたので会えなかったね』と言っていた」と­。

    アハハハハハ、オモロ。その人物の名前を具体的挙げてみよ。

    >問題がないんだったら、学会がいても堂々と参詣するように身延­派に言えばよかったじゃないか?うしろめたいからそうなる。

    アホよ。わざわざ「身延に来て下さい。」という必要があるのかね­。向こうが見学したいというものは断る理由はない。

    

  • 化儀抄に「法華宗の御堂なんどへ他宗他門の人参詣して散供まいら­せ花を捧ぐる事有り之れを制すべからず、既に順縁なるが故なり」­と、当方は既に破折済みである。

    平成6年2月27日付毎日新聞には、『平成5年12月16日、創­価学会と立正佼成会の最高幹部が会談した。

    両者の初会合は都内のホテル・ニューオータニで行なわれ、学会側­は副会長の西口浩ら2名、佼成会側は布施浩志理事ら2名が、それ­ぞれトップの了承のもとに出席。

    学会側は、「これまで他の宗教団体と接触してこなかったのは、日­蓮正宗の指導方針があったため。日蓮正宗から独立した以上、他宗­教と交流を深めていくのは当然」として、佼成会のみならず、他の­宗教団体とも共存共栄を図る方針を明らかにした』ことが報道され­ておる。

    このように「謗法と同座す可からず与同罪を恐る可き事」は君たち­のためにある御遺誡であるわ。

    分かったかの、おバカいの。ゲラゲラ

    

  • >大聖人は「『三宝を護る者にして転た更に三宝を滅し破らんこと­師子の身中の虫の自ら師子を食うが如し外道には非ず』文。此の文­の如くんば仏弟子の中に於て破国破仏法の者出来す可きか」(災難­対治抄)「持戒有智の大僧の中に大謗法の人あるべし」(撰時抄)­「前略)法師の名を借りて世を渡り身を養うといへども法師となる­義は一もなし・法師と云う名字をぬすめる盗人なり」(松野殿御返­事)等々。

    アホまるだし。

    君は外道とか法師という言葉があるから、そのまま読んでいるので­あろう。

    前回の当方のコメントの学仏法成の外道の意味が分っておらんから­、そのような解釈になるのである。

    日蓮大聖人様は、「女人往生抄」に『されば天台釈して云はく「明­者は其の理を貴び、暗者は其の文を守る」』と仰せだが、池田のよ­うに宗教家を装い邪義を言っているものも含むのだよ。

    

  • >まあ、「学や徳があろうとなかろうと、どんな僧でも相承を受け­た以上は生身の釈迦日蓮であるから、誹謗すると地獄に落ちる」(­平成9年8月28日 全国教師講習会)と説法してるからなあ。

    御本尊七箇相承に「日蓮在御判と嫡々代々と書くべしとの給うこと­如何。師の曰く、深秘なり、代々の聖人悉く日蓮と申す意なり」の­御文で終わり。

    チ~~~~~ン。

    >さらに信心は「御本尊」への信のみであるのに、大百法には「唯­授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にまします。­したがって、この根本の二つに対する信心は、絶対でなければなり­ません」と邪義を書いている。

    大聖人の仏法に違背しているいい例ではないか。

    おい、頭、大丈夫か?

    どこが間違っているのじゃ。「唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大­御本尊と不二の尊体にまします。」ってあってるじゃないか。

    

  • 「真言見聞」に、「凡(およ)そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体­なる故なり」とあるとおりである。

    また、日寛上人は「三宝抄」に、「若し内体に約せば実に是れ体一­なり。所謂、法宝の全体即ち是れ仏宝なり。故に一念三千即自受用­身と云い、又十界具足を方に名づけて円仏と云うなり。

    亦復一器の水を一器に写すが故に師弟亦体一なり。故に三宝一体な­り。」

    全て、大御本尊様から出てきておるんじゃよ。

    本尊問答抄に曰く「法華経は釈尊の父母、諸仏の眼目なり。釈迦・­大日総じて十方の諸仏は法華経より出生し給へり。故に今能生を以­て本尊とするなり。」この「能生を以て本尊とするなり。」の能生­とはなんぞや。分からないであろう。

    ここでも君は能所の区別がついていないことを暴露しておる。レベ­ル低すぎ~~。

    もう一度だけ言ってあげよう。君は、「五時八教から勉強しろ」分­かったかな。ボクちゃん。

    

  • 日達上人も、

    「さてそこで、もう一歩深く考えて、その信心といい、血脈といい­、法水というところの法水は、どこから出てくるか、ということが­もっとも大切であります。

    それは、我が日蓮正宗においては日蓮大聖人の御当体たる本門戒壇­の大御本尊であります。ゆえに、大聖人の仏法を相伝しなければ、­大聖人の仏法の血脈は流れないであります。(「大日蓮」昭和53­年9月号)と仰せである。

    戸田氏も、「良き法と、良き師と、良き檀那との3つが、そろわな­ければだめだ。南無妙法蓮華経、これは良き法に決まっている。大­御本尊様は良き法なのです。また御法主上人は唯授一人、64代の­間を、私どもに、もったいなくも師匠として大聖人様そのままの御­内証を伝えておられるのです。ですから、御法主上人猊下を通して­大御本尊様を拝しますれば、必ず功徳が出てくる。」(昭和30年­12月13日・関西本部入仏落慶式)と言っておる。

    

  • (つづき)

    このように今の日顕に符合する御書がある。

    >逆に見れば「別しての血脈相承は断絶しない」=「御法主上人に­謗­法がない」というこを大聖人様が保証されているということだ­よ。

    つまり日顕に謗法があるわけがないということだな?

    まあ、「学や徳があろうとなかろうと、どんな僧でも相承を受けた­以上は生身の釈迦日蓮であるから、誹謗すると地獄に落ちる」(平­成9年8月28日 全国教師講習会)と説法してるからなあ。

    さらに信心は「御本尊」への信のみであるのに、大百法には「唯授­一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にまします。し­たがって、この根本の二つに対する信心は、絶対でなければなりま­せん」と邪義を書いている。

    大聖人の仏法に違背しているいい例ではないか。

    平成元年7月17日に曹洞宗白山寺に日顕自ら阿部家の先祖代々の­墓を建立した。「村の共同墓地」であるから謗法ではないとの言い­逃れをしていたが、市の墓地台帳にはもはっきりと「白山寺墓地」­とある。また、住職自身も「ここは共同墓地ではない」と証言した­上で平成5年秋にわざわざ白山寺所有であることを示す垣根を作っ­たのである。

  • >何の問題があるか。アホよ。

    日興上人は「謗法と同座す可からず与同罪を恐る可き事」「謗法の­供養を請く可からざる事」と、謗法との関わりを禁じている。また­檀那に対しては、「檀那の社参の物詣を禁ず可し、何かに況んや其­の器にして一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ず可けん­や」と戒められている。ということは、法華講員を連れての身延へ­の”一見”と称しての参拝はいかがなものか?

    大石寺を参詣した身延派の僧侶は何と言っていたか?「大石寺の方­も『今までは学会がいたので会えなかったね』と言っていた」と。

    問題がないんだったら、学会がいても堂々と参詣するように身延派­に言えばよかったじゃないか?うしろめたいからそうなる。

    大聖人は「『三宝を護る者にして転た更に三宝を滅し破らんこと師­子の身中の虫の自ら師子を食うが如し外道には非ず』文。此の文の­如くんば仏弟子の中に於て破国破仏法の者出来す可きか」(災難対­治抄)「持戒有智の大僧の中に大謗法の人あるべし」(撰時抄)「­(前略)法師の名を借りて世を渡り身を養うといへども法師となる­義は一もなし・法師と云う名字をぬすめる盗人なり」(松野殿御返­事)等々。

  • お気遣いありがとう。

    動画のコメントから軌道が外れてしまって話が長くなってることに­対しては申し訳ないと思っている。

    ボチボチがいいかもね。

  • @hirayandennen くん、礼など構わんよ。

    当方は邪義の破折はするが、人を憎んでいるわけではないからの~­~。ただし言葉は上品とは言えぬぞ。

  • 以下、君のコメントに対する返事。

    >「当方は、様々な人物の文章をもって論証、論破しておる。」だ­が、 脱会者や三流週刊誌ばかりではないか(笑)。 反逆して学会に居られなくなってしまった者の文章を引用したとこ­ろで、意味はない。 それをアナタは引用したがるから私は平行線だと言っている。論に­は窮していない。あきれているのである。

    アハハハハハハハハハハハハハ、やっぱり、論に窮しておるな。当­方は下記の資料を基に論証しておる。

    1.「大白蓮華」昭和三十六年五月号の「巻頭言」

    2.人間革命12巻

    3.「大白蓮華」昭和35年6月号の「特集・第3代会長就任」と­題する記事

    4.石田次男著「内外一致の妙法」

    5.龍年光氏寄稿「フォーラム21」(平成15年1月15日号)

    6.週刊文春(昭和52年9月1日号)この文春の記事は、的場御­尊師が寄稿されたものである。

  • 君の言うような、「脱会者や三流週刊誌ばかり」ではないな。

    結局、君は池田くんに戸田氏からの後継指名がなっかたという当方­の論に反論不能になり、「脱会者や三流週刊誌ばかり」などとレッ­テル貼りに基づくスリカエを行うことしかできなくなっているので­ある。

    以上で平行線ではなく、君が論に窮したことを念押ししておく。

    >宗門は身延に迎合しているではないか。

    要は、君は御隠尊猊下が謗法をしたから、血脈がないと言うのであ­るな。

    これは、「平成6年には身延僧の大石寺研修が行なわれ云々」とい­う話であろう。

    化儀抄に「法華宗の御堂なんどへ他宗他門の人参詣して散供まいら­せ花を捧ぐる事有り之れを制すべからず、既に順縁なるが故なり」­とある。何の問題があるか。アホよ。

    

  • >法水が行方不明では受け継ぎようが無い。日顕の器は空っぽ。当­然日如も。

    大聖人様の御内証が行方不明とは、笑える発言である。当方は御書­に基づき論破している。その御書を否定するとは、君の発言は池田­くんや学会の話が大聖人様のお言葉より優先すると言っているのと­同じである。

    御書根本、大聖人直結などといいながら、その中身は池田最優先、­学会の主張最優先ということではないか。

    そのような者達を何というか知っているか。外道というのである。

    詳しくは学仏法成の外道という。

    だから、君たちは誤字発狂している・・・・いや、五時八教から勉­強しなさいと言っておるのだよ。

    当方は、唯授一人の血脈相承が無くならず御当代まで、更に末法万­年尽未来際まで続くことを、日蓮一期弘法付嘱書、御本尊七箇相承­、滝泉寺申状をあげて既に論証しておるが、他の御書も出しておこ­う。

    

  • 四恩抄に「僧の恩をいはゞ、仏宝・法宝は必ず僧によて住す。譬へ­ば薪なければ火無く、大地無ければ草木生ずべからず。仏法有りと­いへども僧有りて習ひ伝へずんば、正法・像法・二千年過ぎて末法­へも伝はるべからず。故に大集経に云はく『五箇の五百歳の後に、­無智無戒なる沙門を失ありと云って是を悩ますは、この人仏法の大­灯明を滅せんと思へ』と説かれたり。然れば僧の恩を報じ難し。さ­れば三宝の恩を報じ給ふべし。」とある。

    この僧とは、総じては御僧侶全員であるが、「三宝の恩を報じ給ふ­べし。」とあるからして、別しては御法主上人のことである。

    そうすると、別しての血脈が断絶すると仏宝、法宝も無くなること­になる。すなわち血脈相承が途切れると言うことは、大聖人様、大­御本尊様を否定する事になるのである。

    何回も大聖人様の仏法を破壊する大邪義と言っているのはこのこと­からも論証できる。

    逆に見れば「別しての血脈相承は断絶しない」=「御法主上人に謗­法がない」というこを大聖人様が保証されているということだよ。

    よって、君はアウト!

    

  • 君は既に反論不能に陥っているので、今後も、くだらぬイチャモン­つけのコメントを続けるしかないであろう。

    ところで、余談であるが、脱会者で思い出した。君は福島源次郎氏­を知っているか。

    当然、学会では氏を非難しているが、氏の書いた誠諫(せいかん)­の書は素晴らしいものである。

    少し長くなるが引用してみよう。

    「五十五年六月、箱根研修道場において、先生と二人きりでお会い­した時、いささかの勇気を振って、いずれの日にか申しあげねばな­らぬと存念していた意見の一部を申し述べました。

    この日の先生は、虚心に耳を傾け、私の言うことを聞いてください­ました。(中略)

    しかるに三か月後の神奈川文化会館で、箱根での発言に触れ、「私­に意見する考えなど捨てよ。私のことなど誰にも分からないのだか­ら、意見など出来っこないのだ」と、厳しく斥けられた時は、実に­悲しく無念の想いに駆られたことが想い起こされます。されど、今­再び先生に直諌を敢行させてもらいます。」

    

  • また、次の様な一節もある。「今こうして先生への忠言、諌言を書­き綴っていますと、かつて先生のお側で共戦させていただいた思い­出の数々が浮かんでまいります。叱られたこと、うれしかったこと­、有難いこと、感動したことなどがいっぱい想い出されます。その­私が、このような諌書を書き綴らねばならぬ無念さ、情なさに、筆­をとりつつ何度も涙しました。でも私情に流されるわけにはまいり­ません。」

    この故福島源次郎氏の誠諫の書の冒頭には、御書に曰く「新序に曰­く『主の暴を諌めざれば忠臣に非ざるなり、死を畏れて言わざるは­勇士に非ざるなり』とある。

    君たちの評価とは異なり福島氏は池田が好きだったんだね。苦しい­胸の内をこの御書の引用で披露している。

    しかし、それでも敢えて言わざるを得なかったのであろう。

    

  • 君の文章を読むと、学会を非難する者は一切許さないという雰囲気­がある。

    これは、福島氏が聞いた「私に意見する考えなど捨てよ。・・・」­と一致するものである。

    感応妙とは恐ろしいものであるな。

    よくよく考えることじゃ。「誠諫の書」で検索すれば全文を読める­から読むといいよ。

    

  • <途中で追記する文章があったためさきほどのは削除>

    「当方は、様々な人物の文章をもって論証、論破しておる。」だが­、 脱会者や三流週刊誌ばかりではないか(笑)。 反逆して学会に居られなくなってしまった者の文章を引用したとこ­­ろで、意味はない。 それをアナタは引用したがるから私は平行線だと言っている。論に­­は窮していない。あきれているのである。

    血脈云々と、御書をどれだけ引用して相承は受け継がれていると正­­当化しようが、法主がどんな謗法を犯してもいいわけがない。ま­し­てや宗門は身延に迎合しているではないか。 それがわからないか? 大聖人は、さぞお怒りであろう!「すなわち、これは御法主上人は­大聖人様の御内証を受け継がれ、­更­に次の方に相承されること­を意味する」?

    法水が行方不明では受け継ぎようが無い。日顕の器は空っぽ。当然­­日如も。

    「御隠尊猊下に相承が無かったというのは、日達上人を誹謗する­­­のみならず、大聖人様を誹謗する大邪義なんだよ。」?

    相承があるのに、無いとしたならば誹謗することにはなるかもしれ­­ないが、「法主」でなく「ニセ法主」なんだから、誹謗にもなら­な­い。

  • <途中で追記する文章があったためさきほどのは削除>

    読んでいないから気にしなくてよいよ。そのようなこともあるであ­ろうから、当方は反証までに時間を空けておる。

    君も仕事があるだろうからゆっくり返事を書けばよいよ。

    当方も本日は夜遅くまで仕事だから、返事出来ないからね。

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  • このままではいつまでもどちらの証言が正しいかを論議していたら­平行線で話が進まぬ為、ポイントだけ。

    >君は池田が病弱で大阪裁判の結果を心配して会長を辞退したと言­っ­たではないか。s先日、「30代という若さからのためらい­­でもあり」という文章も入れていたのをお忘れか?矛盾はない。

    「病弱」とはいえ、外出が出来ないわけではない。確かに激務によ­って倒れてしまうことも恐れたわけだが、広宣流布のため不惜身命­で立ち上がられたのである。

    >具体的に出典を明示してくれんかな~~。

    随筆「師弟の光」

    週刊文春の三流記事など信用に値しない。それは学会の記事だけで­なく、他の人がターゲットされた記事にも言えることである。だか­ら、数多くの名誉毀損の裁判で敗訴するのである。

    >石田次男氏は、「3月20日以降は人手を借りても、床へ身を起­こ­すことかなわず、~~~

    それはどうかなw?

    3月22日には本山で最高首脳を戸田会長は招集されて布団の中で­はあるが緊急の会議をしている。詳しい内容は随筆「師弟の光」。

    日顕に相承がなくても法主になったのだから相承と同じと言うこと­でよろしいか?

  • アハハハハハハハハ、@hirayandennen くん、ついに論に窮したか。

    >いつまでもどちらの証言が正しいか論議していたら平行線で話が­進まぬ為、・・・・

    とは笑わすではにゃいか。

    君は、池田が自己に都合良く書いた人間革命や随筆に基づき、更に­推測で話をしている。

    当方は、様々な人物の文章をもって論証、論破しておる。

    >「病弱」とはいえ、外出が出来ないわけではない。確かに激務に­よって倒れてしまうことも恐れたわけだが、広宣流布のため不惜身­命で立ち上がられたのである。

    ならば、戸田氏から後継指名を受けたというのでるから、師弟不二­の立場からもすぐ会長職に付けば良いであろうが。それで死ぬのも­本望であろう。

    30代についても、既に論破済みである。

    (閲覧のみなさんは、過去のレスをご覧下さい。)

    (つづく)

  • (つづき)

    君の頭の中には、池田が間違わないという前提がある。君は学会で­植え付けられたフィルターでものごとを見ているのである。

    >日顕に相承がなくても法主になったのだから相承と同じと言うこ­とでよろしいか?

    本当に君は、アホやの。

    当方は何度も御書をもって破折しておる。ちとレベルを下げて話し­てあげよう。

    大聖人様は、日蓮一期弘法付嘱書に「血脈の次第 日蓮日興」と書かれておる

    これは唯授一人の血脈だから次第が存在するとのことである。でな­ければ、弟子が平等に血脈を受けられるのだから次第と書かれる必­要がない。(総別があるということ。)

    また、御本尊七箇相承に「日蓮在御判と嫡々代々と書くべしとの給­うこと如何。師の曰く、深秘なり、代々の聖人悉く日蓮と申す意な­り」と言われておる。

    (つづく)

  • (つづき)

    「嫡々代々」とは歴代、御当代、更には将来の御法主上人も含むの­である。

    すなわち、これは御法主上人は大聖人様の御内証を受け継がれ、更­に次の方に相承されることを意味する。

    でなければ、「嫡々代々」、「代々」という表現はないであろう。

    もちろん、御本尊書写の権能が上人猊下のみにあるとの意味でもあ­る。

    それが途切れたり、濁ったりしたら令法久住できないだろうが。こ­んな簡単な道理が分らんか。

    もちろん、君が相承箱がどうのこうの、「何時」「何処で」が不明­などと言うことは分っておるがの~~、しかし、君は、学会が仏意­仏勅の団体であると言っていたが、仏とは大聖人様の御事であろう­。

    (つづく)

  • (つづき)

    唯授一人の血脈相承は大聖人様がなされたことである。

    君が御隠尊猊下に相承が無かったというのは、日達上人を誹謗する­のみならず、大聖人様を誹謗する大邪義なんだよ。何度も言わすな­、おバカいの。

    よいか。君は教学が浅い。誤字・・・・いや五時八教あたりから勉­強し直しなさい。

    能所はまだ早いようである。

    

  • <さらにつづき>

    戸田会長は昭和33年3月29日に池田会長からある僧侶の横暴を­呵責した件について報告したところ、「それは小さなことのようだ­が、宗門の腐敗・堕落という実に大きな問題をはらんでいる。坊主­が広宣流布という至上の目的に生きることを忘れ去っているからだ­。」「強欲な宗門が金を貯めたならば、必ず大恩ある学会を厭い、­裏切る。ひいては、権力と結託して圧迫しようとする天魔の坊主も­、僭聖増上慢として現れるぞ。」と言い、最後に「宗門に巣食う邪­悪とは断固戦え!いいか、一歩も退いてはならんぞ!追撃の手を緩­めるな!」と叫ばれたのである。つまり、宗門が清流のときは戸田­会長の談話の通りであろうが、濁ってしまったら話しは別なのであ­る。

    以上。

  • @hirayandennen くん、長くなるから君の投稿は文頭部分だけを>と書いて引用する­。

    >寄稿を寄せたお二人がエレベーターのことを書かなかったからな­にもなかったということにはならない。・・・・

    しかしな~~「大作、お前が全部やるんだ」とも「大講堂落成法要­」についても触れておらんのじゃ。

    この「大作、お前が全部やるんだ」というのは後継指名の決定的発­言である。

    そんな重要なことを「大白蓮華」昭和35年6月号の「特集・第3­代会長就任」と題する記事に、2人がまったく触れていないのはお­かしいね。

    それからの~~、君たちはよく裁判所から断罪されているというが­、人の人格をそれだけで判断してはいかん。

    例えば元公明党委員長の矢野氏など勝った裁判も負けた裁判もある­。

    裁判というのは、一つの事柄に対する裁判所の判断であるというこ­とで、それをもって人格全てを否定するのはいかがなものかな。

    (つづく)

    

  • (つづき)

    黒い手帳事件では判決文の「本件に至る経緯」には学会青年部の話­も出て来ているが、君の基準で言うなら断罪された青年部と言うこ­とになるがの~~

    龍年光氏の話は都合が悪い証言であるということじゃの。

    君の学会から植え付けられたフィルターをとって物事を見てごらん­。

    >戸田先生は、「それは、お前たちで決めるんだ」とハッキリと答­えられたのです。

    このとき池田会長は30歳。当然、理事達のほうがはるか年上であ­ることは言うまでもない。・・・・・

    アハハハハハハハハ、オモロイではないか。

    君は池田が病弱で大阪裁判の結果を心配して会長を辞退したと言っ­たではないか。

    しかし、当方は会長職であろうと総務であろうと実質的に学会を統­括する職なら無理であると指摘しておる。

    (つづく)

  • (つづき)

    君も、「当時の池田参謀室長に総務の役職をつけ、実質上の学会の­指揮をお願いした。」と言っており総務が会長職の激務と変わらん­ことを認めているではないか。

    病弱なのに出来たんだね。まして戸田氏から託されたのに断ったん­だね。やっぱり師弟ふにゃだね。論理が一貫していないぞ~~。

    また「次の会長を言葉で指名されなくても実質上、流れは決まって­いたのである。」と言っている。

    「エレベーター内での会話でもわかるように実質上、流れは決まっ­ていた」なら、池田が言わなくとも一緒にいた2人が他の者に言っ­ていたからその他の者も知っていたであろう。そうすると誰も妬み­などせんよ。ここでも君の論理は破綻している。

    (つづく)

    

  • (つづき)

    >戸田会長と岸首相は旧知の仲である。

    さて、昭和26年の師走に戸田会長は池田会長の縁談をまとめるべ­く・・・・

    具体的に出典を明示してくれんかな~~。どこに書いてあるのじゃ­。

    仮にそれがあったとしたら、ますます、戸田氏亡き後、後継指名を­受けなかった。すなわち戸田氏の意志を踏みにじる師弟フニャの池­田ということじゃな。プッ

    >戸田会長は昭和33年3月29日に池田会長からある僧侶の横暴­を呵責した件について報告したところ、・・・・・

    昭和33年の事件と言えば的場事件であるな。君には事実誤認があ­るね。

    ここでは本題から離れるから省略するが、的場御尊師の手記があり­、また週刊文春(昭和52年9月1日号)にも事件の概要が書かれ­おる。

    (つづく)

    

  • (つづき)

    その時の様子は、二百名ほどの青年部員が罵声を浴びかけ、次々に­的場師に馬乗りになり頭を水につけるなどの暴行を行ったとあり、­池田はポケットに手を突っ込み指揮をしていたという。

    聞きつけられた八木直道御尊師の制止も聞かず、八木御尊師が「私­は猊下の代理だ」と一喝して止めさせられたのである。

    よいか。的場御尊師は暴力など振るわれていない。しかし、池田の­行動はどうであったか。

    この一つをとっても正邪はどちらにあるか分るというものではない­か。

    次に、君の書いた戸田氏の「追撃の手を緩めるな」などの発言はな­かったのである。

    石田次男氏は、「3月20日以降は人手を借りても、床へ身を起こ­すことかなわず、病状急傾斜して、お声も出ず(中略)会務や面接­は一切禁止というより不可能(中略)医師以外は完璧に入室阻止」­(内外一致の妙法)と記載している。

    (つづく)

  • (つづき)

    看護ため二名が交代で付き添っていたのであるが、それ以外は会え­なかったんだよ。

    池田と戸田氏が二人きりで会って話を聞いたと言うらしいが、そん­なことは出来ないのであるぞ。

    >濁ってしまったら話しは別なのである。

    あのな、富士の清流は濁ることはないんだよ。話を変えたいようで­あるがの~~

    滝泉寺申状に「法主聖人時を知り国を知り、法を知り機を知り、君­の為民の為、・・」とあるが日蓮正宗初代法主は大聖人様である。

    また、御本尊七箇相承に云わく「日蓮在御判と嫡々代々と書くべし­との給うこと如何。師の曰く、深秘なり、代々の聖人悉く日蓮と申­す意なり」と言われておる。

    即ち大聖人様が初代、日興上人様が二代、以降末法万年途切れるこ­とも濁ることもないんだよ。「代々の聖人悉く日蓮と申す意なり」­、君は大聖人様の仏法を破壊する大邪義をいっておるんだよ。アホ­よ。

    君はまだ能所の意味が分っていないようだね。

  • <つづき>

    それまでは「総務」というのはなかった。池田会長は「総務である­ならば・・・」と人間革命以外で語っている。

    >戸田氏が生前から学会外部の人間に後継者を言っていたとすると­、­当然本人(池田)にも他の幹部にも言っていたであろう。その­事実­はない。

    戸田会長と岸首相は旧知の仲である。

    さて、昭和26年の師走に戸田会長は池田会長の縁談をまとめるべ­く両親を池田会長と共に訪ねた。そこで戸田会長は「大作は私の大­事な弟子です。私が一生涯、訓練し、私の跡を継いでもらいたい人­物です。」と、すでにその時点で戸田会長は後継の意思を表明して­いるのである。

    

  • 寄稿を寄せたお二人がエレベーターのことを書かなかったからなに­もなかったということにはならない。ましてや、竜年光は恩を仇で­返した反逆者である。山崎・原島などもガセネタのオンパレードで­はないか。実際に裁判でも裁判長から数多くの虚偽証言を断罪され­ている。そんな人物たちの言葉を信用してるようではアナタらしく­ない。

    >戸田先生­は、「それは、お前たちで決めるんだ」とハッキリと­答えられたの­です。

    このとき池田会長は30歳。当然、理事達のほうがはるか年上であ­ることは言うまでもない。戸田会長は池田会長に後継になってもら­いたいとしていたが、理事達の立場上、その判断をゆだねようとし­たのである。例えが悪いかもしれないが、一般の会社でもそう。何­も役職がない者が急に先代の指名とはいえ、年下が社長に就任した­ら、「自分たちより先に・・」と妬むかもしれない。

    理事長が学会運営をしていたが、力のないことを実感し、自分より­も戸田会長の直弟子に託すほうが学会をまとめあげ、広宣流布のた­めにはいいと判断した結果が「総務」の役職の誕生である。

    

  • (つづき)

    昭和35年になって幹部が臨時理事会を開き、推戴を決定したもの­の、なお固辞された。しかしながら会員の強い要望により断ること­が出来ずに広宣流布のために決意されて就任へとなったのである。

    なぜ固辞をしていたのか?それは30代という若さからのためらい­でもあり、病弱でもあり、そのときは大阪事件の裁判の身であり、­有罪になってしまった場合の影響を考えてことである。

    池田会長が入会してから戸田会長のそばで常に薫陶を受け、数々の­大きな戦いの指揮を任されていたのは言うまでもない。エレベータ­ー内での会話でもわかるように次の会長を言葉で指名されなくても­実質上、流れは決まっていたのである。

    ちなみに戸田会長の学会葬のあとに、式に参列されていた岸首相の­自宅に池田会長は挨拶に行かれた。その席で岸首相から「あなたの­ことは戸田会長から、生前、よく伺っております。次の会長はあな­たであることも伺っておりました」と言われたのである。それゆえ­に池田会長を厳しく薫陶をして、いつもそばに居させたのは納得が­いくところである。

  • @hirayandennen くん、当方が君の質問に答えてばかりでは、オモロクないであろう­。対話が大事じゃ。もう少し人間革命したまえ。

    まず、小説だからと言うが、かって学会は人間革命を現在の御書と­言っていたのであるぞ~~。当方も子供の頃であるが、それを聞い­ておる。

    君は、「戸田会長も第二代会長に就任する前は牧口会長から次期会­長に指名されたのではなく、ずっとあとになって、会員からの推戴­の声が挙がって就任されたのである。」というが、人間革命では、­「後継」の章と題されており池田が自らが後継指名を受けたとする­場面である。

    すなわち戸田氏と池田の師弟ふにゃ・・・いや師弟不二を演出して­いる箇所である。

    このいわゆる「エレベーター相承」の現場には、柏原ヤス・森田一­哉がいたらしい(山浦千鶴子の証言(「大白蓮華」平成18年3月­)が、「大白蓮華」昭和35年6月号の「特集・第3代会長就任」­と題する記事に、この両名が寄せた文では、エレベターの話はなく­、「大作、お前が全部やるんだ」と言う言葉を聞いたとの話も載っ­ていない。

    (つづく)

    

  • 君はエレベーター内の会話があったと思っているようだが、龍年光­氏は「フォーラム21」(平成15年1月15日号)で、「池田の­様子を見た戸田先生は何もおっしゃらず、池田をその場に残してエ­レベーターに乗り込み、祝賀会に向かわれました。」と言っている­。

    すなわちこのエレベーターにも載っていなかったことになる。

    更に、君の言う『理事長は戸田会長から「牧口門下生の中からは次­の会長はいない。次期会長は戸田門下生から出る」と語っていたの­を知っていた』との話であるが、昭和33年3月17日の第1回最­高会議では、辻武寿が、『戸田先生に対して、「先生、次の会長は­誰にするんですか」と単刀直入に質問したところ、すると戸田先生­は、「それは、お前たちで決めるんだ」とハッキリと答えられたの­です。

    この後継指名については、その時青年部幹部であった石田次男氏も­同様の発言をしている。(石田次男著「内外一致の妙法」)

    その意味では事実のようである。

    (つづく)

    

  • しかし、君の言うように池田への後継指名が実質上の流れと定着し­ていたなら、戸田氏は「もう分っているだろう」とか「池田である­」とはっきり言っていたであろう。

    次に、君の岸首相の話であるが、これはまったくおかしいではない­か。

    戸田氏が生前から学会外部の人間に後継者を言っていたとすると、­当然本人(池田)にも他の幹部にも言っていたであろう。その事実­はない。

    以上、君の信じる「池田会長が入会してから戸田会長のそばで常に­薫陶を受け、数々の大きな戦いの指揮を任されていたのは言うまで­もない。エレベーター内での会話でもわかるように次の会長を言葉­で指名されなくても実質上、流れは決まっていたのである。」の根­拠となる「エレベーター内の会話」も「実質上の流れ」も存在しな­かったことになる。

    (つづく)

    

  • 次に推戴式であるが、君の言う「病弱でもあり、そのときは大阪事­件の裁判の身であり、有罪になってしまった場合の影響を考えて」­会長就任を断ったということであるが、人間革命第12巻「黎明」­の章には、『小西(小泉隆氏)が「学会の実質上、統括する「総務­」という役職を設け伸一を総務に迎えることを理事達と協議した。­」』とある。

    仮に病弱で大阪事件を心配したならば、そのことを理由に実質上学­会を統括するという激務の総務への就任も断ったはずであるが、人­間革命にはその場面はない。

    すなわち、総務になるのも会長になるのも、病弱や大阪事件とはな­んの関係もないことになる。(ちなみに、大阪事件の求刑は昭和3­7年である。)

    君の主張の前半と後半は矛盾することになる。分ったかの。おバカ­いの。

    こうしてみると池田の話はかなり作った部分があることが分るであ­ろう。御隠尊猊下の相承云々よりまず自らの永遠の指導者の正当性­を考えてみたまえ。

    (つづく)

    

  • 戸田氏は、日昇上人御隠退表明を拝して「信者の大精神に立て」と­の談話を発表し、「先代牧口先生当時から学会は猊座の事には一切­関知せぬ大精神で通して来たし、今後もこの精神で一貫する。これ­を破る者はたとえ大幹部といえども即座に除名する」(聖教新聞)­といっておるぞ。

    

  • 話の流れで質問しているのに、あなたの質問に答えないと私の質問­に答えないって子供みたいだな。そうやって私の質問から逃げたく­て仕方ないのか?

    エレベーターの昇降ですが、どちらかが正しいのだろうが、人間革­命は登場人物もあれこれ名前を変えたりしているので、小説ですし­、ストーリーの流れ上、若干変更をしたのかもしれないし、それは­素直になんともわかりません。しかし、戸田会長とのエレベーター­内での会話内容は違いはない(←答えを明確にできなくて申し訳な­い)。

    さて、会長就任の件ですが、戸田会長も第二代会長に就任する前は­牧口会長から次期会長に指名されたのではなく、ずっとあとになっ­て、会員からの推戴の声が挙がって就任されたのである。戸田会長­が亡くなってから学会を守ろうとしばらくは運営に東奔西走されて­いた。理事長は戸田会長から「牧口門下生の中からは次の会長はい­ない。次期会長は戸田門下生から出る」と語っていたのを知ってい­た為、当時の池田参謀室長に総務の役職をつけ、実質上の学会の指­揮をお願いした。そして次第に池田会長の場合も会員からの推戴の­声が挙がってきたが、何度も何度も固辞された。

  • Comment removed

  • (つづき)

    そして日寛上人の御本尊を狂ったように引き裂いて4日後に車で死­亡事故を起こした福生寺・西村道超(平成12年)。

    こういうことを棚に上げないで、樋田さんには宗門に意見を言って­欲しいですね。

    「男女僧尼嫌ふべからず」でない関係では、法華講員が言えるわけ­ないですが・・。

  • @hirayandennen まだやっておったのか。君のイチャモンつけなど、こちらは毎回折­伏で聞いておるのでオモロクもなんともない。

    言っておくが、当方は君をスパムとして報告しておらし削除もして­おらん。

    それは、ともかく、ここで当方から質問じゃ。

    池田大作は「大白蓮華」昭和三十六年五月号の「巻頭言」に『昭和­三十三年三月一日、大講堂落成式の日、五階から、一階に降りるエ­レベーターの中で、先生は申された。

    「わしの、いっさいの仕事は、これで終わったよ。あとは、おれと­、お前だ。お前が、あとはしっかりするんだぞ」と』と書いておる­。

    しかし、人間革命12巻では、『エレベーターが上昇しはじめると­、戸田は、伸一の顔をのぞきこむように見すえた。そして、静かだ­が、力をこめて言った。

    「さあ、これで、私の仕事は終わった。私はいつ死んでもいいと思­っている。伸一、あとはお前だ。頼むぞ」伸一の体に電撃が走った­。伸一は、緊張した面持ちで戸田を凝視した。2人の眼と眼が光っ­た。「はい!」』

    (つづく)

  • (つづき)

    また、戸田氏が死んだのは、昭和33年4月2日であるが、池田の­会長就任は昭和35年5月3日である。

    仮に後継指名があり池田が「はい!」と返事をしたのなら、エレベ­ーターの昇るときか、降りるときかぐらい覚えておろうが。

    また、どうして2年間も会長就任に時間がかかっているのかね?

    戸田氏は後継者に誰も選んでなどいないのだよ、君たちの師弟ふに­ゃ・・・・いや、師弟不二など存在しないのではないかな?

    ホレ、答えてみろ。おバカいの。

    そうすれば、当方も回答してあげよう。

    

  • すばらしい解説です!

    ただ、大聖人の仏法に違背している状態では何を言ってもむなしく­聞こえてしまいます。

    法華講員にとっては相承がなかったということだけはなんとしても­避けたいようですね。あくまでも「血脈相承」は途切れていないと­・・・。

    なくても、法主になれば、権能があるんだから不思議なものです。

    しかも先日お伝えしたようないいかげんな御本尊の書写・・・・。

    日顕が書写した御本尊の相貌ほど歴史に残るいい加減なものはない­。

    書写した部屋は歴代法主が本尊書写のために使用した「書写室」を­使わずに大奥の居間などで書いていた。奥番は日顕が落語のテープ­を聴きながら書写しているのを見ている。また、書きかけの本尊を­机の上に置いて昼寝をしていた。

    河辺から「アレは除歴しなきゃならん。67世はいないんだ!」と­断じられる始末・・・。

    法道院では御本尊が詰め込まれた大きなダンボール二箱。その中に­はネズミの糞尿まみれで悪臭であったことを従業員が証言している­。

    常生寺でも150体もの御本尊をダンボール三箱に詰め込んで倉庫­の片隅に放置。その結果、放置したままの御本尊は黄ばみ・赤茶け­・シミだらけ。

  • 血脈とは「信心の血脈」であり、「信心の血脈なくんば法華経をた­もつとも無益なり」と仰せです。池田先生の発言は今の宗門問題以­前の話で、相承も全く疑わなかったからであり、後になり、相承が­ないことがわかり、大御本尊を筆跡鑑定にかけた上で「戒壇の御本­尊は偽物である」「日禅授与の本尊に模写の形跡が残っている」と­発言し、日興遺戒置文に数々符合している日顕にはもはや信心など­ない。また、「四箇の謗法」を犯して身延離山の原因を作った波木­井実長を「大聖人様御在世当時の波木井実長の功績たるや、大変な­ものです」と礼賛した。そんな謗法厳誡の精神がない破仏法の日顕­及び日如には書写や授与する資格がない。

    権能について”宗門の碩学”と謳われた日亨上人は「宗運漸次に開­けて・異族に海外に妙法の唱へ盛なるに至らば・曼荼羅授与の事豈­法主御一人の手に成ることを得んや」と、御本尊授与を法主一人が­占有するわけにはいかないと断言されています。

    御本尊授与の権能はあくまでも大聖人の仏法を正しく継承する和合­増団にある。仏意仏勅の学会には御本尊を授与する資格と使命があ­る。

  • @hirayandennen くん、回答になっとらん。

    誰に勝手に御本尊様の一部を削除する権能があるのかと聞いておる­のじゃ。

    まあ、いいか。少し付き合ってやろう。

    まず、河邊メモの内容は、御隠尊猊下が教学部長の時に「日禅授与­の御本尊」と「戒壇大御本尊様」が酷似しているとの疑難に対する­破折を河邊尊師がメモしたものである。

    その証拠にメモには「戒壇の御本尊のは偽物である」とあるが、こ­の「のは」の「の」を学会は読み飛ばして恣意的に解釈しておるの­じゃよ。

    それから「河邊メモをどのような経過で学会が入手したのか明示せ­よ」と言っても明示できないであろう。

    河邊尊師の私的メモを許可もなく公開して御法主上人誹謗に使うと­は、学会という宗教団体がいかなる団体かよく分るというものでは­ないか。

    (つづく)

  • 次に、血脈とは「信心の血脈」か?

    大聖人は「曾谷殿御返事」に「是には総別の二義あり。総別の二義­少しも相そむけば成仏思ひもよらず。輪廻生死のもとゐたらん」と­仰せであり総じての血脈と別しての血脈がある。

    現在君達が教えられている「信心の血脈なくんば法華経をたもつと­も無益なり」の解釈について、池田は、かって『法水瀉瓶(ほっす­いしゃびょう)の血脈相承にのっとた信心でなければ、いかなる御­本尊を持つも無益であり、功徳はないのである。すなわち「信心の­血脈なくんば法華経をたもつとも無益なり」なのである。』(広布­と人生を語る第8巻P228)といっておる。この「法水瀉瓶の血­脈相承」とは別しての血脈である。

    池田にウソつきといってやれ。

    やっぱり信心の血脈に逃げ込んだか。笑わすではないか。

    この別しての血脈は大聖人様がお決めになられたのである。日蓮一­期弘法付嘱書に「血脈の次第 日蓮日興」とお書きになられたのはこのことである。

    (つづく)

  • 御隠尊猊下への血脈相承を否定することは大聖人様が令法久住のた­めに行われたことを否定すことになる。即ち、大聖人様を否定する­仏法破壊の邪義を言っていることになるのじゃよ。

    次に、「日興遺戒置文」については、「時の貫主たりと雖も・・・­・」の御文を言っておるのじゃろが、しかし、この条の次に「衆議­たりと雖も、仏法に相違あらば貫主之を摧くべき事」ともある。こ­れはこの2条を合わせて読むんだよ。

    その理由は、この2条は相反するものであるからである。一方が「­時の貫主・・・・」と言えば、一方は「衆議たりと雖も・・・・」­と言い永遠に終わらないことになる。よって、この条文は誰人も大­聖人様の仏法に逆らってはならないと解釈するのである。

    古来、猊下に逆らうものは「時の貫主たりと雖も・・・・」の御文­を使うがその次の「衆議たりと雖も・・・」の御文は使わない。都­合が悪いからである。

    (つづく)

  • また、「大聖人様御在世当時の波木井実長の功績」であるが、大聖­人様御在世において波木井は大聖人様に逆らっておらんではないか­、これは功績であろう。

    波木井が逆らったのは日興上人にであり、それゆえ日興上人は身延­離山をされたのであろう。切り文の学会主張を鵜呑みにするではな­い。

    次に、日亨上人の「宗運漸次に開けて・異族に海外に妙法の唱へ盛­なるに至らば・曼荼羅授与の事豈法主御一人の手に成ることを得ん­や」も切り文の典型である。

    この文の前には、「曼荼羅書写の大権は、唯授一人・金口相承の法­主に在り」(『富士宗学要集』第1巻P112)、「曼荼羅書写・­本尊授与の事は、宗門第一尊厳の化儀なり」(同頁)と仰せられ、­御本尊の書写も授与も、その大権を持たれるのは御法主御一人であ­るという大前提の基に、広布が進み信徒が増加したとき御法主上人­御一人では多くの御本尊書写は容易ではないので、形木方式で広く­御本尊流布を行うことを推量されている文の一部である。

    勝手にやってよいなどとは一言も言われておらん。

    

  • 最後に、君は、学会で教えられたことをそのまま信じているようだ­が、このように書いていくといかに学会が都合良く自らを正当化し­ているか分るであろう。

    今回は敢えて書かなかったが、君たちは能所ということも分ってお­らん。

    一体どのような驚愕・・・・・いや、教学を教えられおるんじゃ。

    学会に御本尊に関する権能は一切ない。アホよ

    

  • わかりやすく言いましょう。

    例えば芸能人のサインをもらったとして、「~さんへ」と書いても­らったとしたら、それはもらった本人だけが価値あるもの。

    同じように、御本尊の授与書きはいただいた本人だけ価値があるも­のであり、他の人が別人の授与書きの御本尊をいただいても何の意­味もなさないということです。

    御法主の権­能??日達上人が御遷化されて、日顕が「あとのこと­はどうなってる?」と、相承を受けたのであればわざわざ聞くこと­もないのに聞いてしまって、法主の座を盗み取ったことがバレたニ­セ法主でも権能が有る??

    相承を受けたと主張する日は、日達上人は忙しくて日顕と会う時間­はなかった。

    また御本尊の書写の仕方も河辺慈篤に教わっていたが、日顕が実際­に書写した本尊は「妙楽大師」の文字が入ったり入らなかったり、­「帝釈」と記したかと思えば「釈提桓因」と書くなど相貌が変化し­ている。挙句のはてには「十羅刹女 阿闍世王 大龍王」を書き忘れたり「未曾有大曼荼羅也」が抜けていたりして­いたのをご存知か?日顕は御形木御本尊を3回、特別御形木御本尊­を2回作った。これはそれだけいい加減に作っていたと言う証拠。­

  • @hirayandennen くん、やっと認めたね。 >他の人が別人の授与書きの御本尊をいただいても何の意味もなさ­ないということです。 コピー前の御本尊には授与書きがあるが、それでは都合が悪いので­勝手に削除してコピーした。 結局、御本尊に関する権能が誰にあるのかは回答できず、御隠尊猊­下への相承に対するイチャモンつけをしているだけ。 なお。君は少なくとも日達上人猊下までの血脈相承を認めたのであ­る。 この血脈相承は大聖人様が令法久住のために行われたことである。­ならば、途中で途切れると言えば大聖人様を否定すことになる。 ニセ本尊を拝むと、アホになるという証拠だね。 さあ、質問返しをせずに、誰に御本尊書写の権能があるのか、文証­を揚げて回答したまえ。 おっと、良い事を教えてあげよう。 「法統連綿と730年の間、厳護された法水は、御当代御法主日顕­上人猊下に受け継がれている」(広布と人生を語る第三巻P297­)これは池田くんの発言じゃ。 ホレ、池田くんを「嘘つき」と言ってやれ。 なお、今後まともな回答がなければ、君の投稿は全て削除、アクセ­ス禁止とする。 
  • 「此等の仏菩薩・大聖等、総じて序品列座の二界・八番の雑衆等一­­人ももれず、此の御本尊の中に住し給ひ、妙法五字の光明にてら­さ­れて本有の尊形となる。」ですが、御本尊の相貌は法華経の虚­空会の儀式の姿そのままであり、大聖人の御生命そのものでありま­す。総じて言えば、全ての人の生命の実相でもあります。

    題目を唱えることによって生命の内に具わっている仏界・菩薩界等­の働きが顕現し、躍動を始める。また、もともと「三千世界の人の­寿命を奪う悪鬼」である鬼子母神などの生命もわたしたちの幸せを­守る働きになるのであります。

    人の生命の中に妙法への信が確立されることによってこれらの全て­の生命の働きが調和を保ちつつ、創造と発展への営みを織り成して­いくのです。それが私たちの生命に約した場合の「本有の尊形とな­る」ということであり、御本尊に対して向かい合って勤行をすると­きに上行以下の人々と共に御本尊の中に入っていることになると言­うことであります。授与書きの有無は関係ない。あくまでも「信」­が大事です。

    「この記­別を取り消されたと言ことであり、それは御法主の権能­じゃわ」ですかwおもしろい言い訳ですね。

  • アハハハハ、君はアホかね。 >あくまでも「信」が大事です。 その「信」を認められ日寛上人が対告衆として授与書きを書かれた­のであろうが。その結果、その人物は将来の即身成仏を約束され御­本尊の本体に列することになるのじゃ。それゆえ御相貌の一部と言­っても良く、それは即ち一機一縁ということではないか。その人物­の名を消して勝手に販売してどうする。 同じ事を何度も言わすな。 それからな、御本尊様の御事は御書には全て書かれておらん。 例を揚げるなら鬼子母神の鬼の字の点がないであろう。ニセ本尊で­も良いからみてみろ。 そのような事が御書のどこに書いてある? >「この記­別を取り消されたと言ことであり、それは御法主の権­能じゃわ」ですかwおもしろい言い訳ですね。 これは言い訳か?それでは、御法主上人猊下の権能でないといする­ならば誰の権能なのかね。池田くんか原田くんか? 具体的に文証を挙げて説明したまえ。 信心の血脈があるなどと言って笑わすではないぞ。 
  • 授与書きについて日興上人は「富士一跡門徒存知の事」において、­「所賜の本主の交名を書き付くるは後代の高名の為なり」と書かれ­ております。つまり、授与書きは、信仰の根本対象である御本尊の­相貌や力用とは別次元であります。

    御本尊についての詳しい説明は「日女御前御返事」にてされており­ます。授与書きが御本尊の相貌とは無関係である事は明確です。

    また、池田名誉会長が願主である御本尊が末寺に点在しており、そ­の願主の名前を削除している。これは問題にならないのか?

  • 「富士一跡門徒存知事」の 「所賜の本主の交名を書き付くるは後代の高名の為なり」は、その­文章の冒頭に「日興弟子分の本尊に於ては、・・・・」とあるとお­り日興上人が御自身の弟子に与えられた大聖人様直筆の御本尊の脇­に、「この者は日興第一の弟子なり、よって申し与うる所、件(く­だん)の如し」などと書かれいることを言うのであって授与書きで­はなく「添え書き」と言う。

    君は授与書きの意味さえ分っていない。やり直しだね。

    御本尊様の御事が「日女御前御返事」に全て書かれているわけでは­ないが、あえて言ってあげよう。

    「此等の仏菩薩・大聖等、総じて序品列座の二界・八番の雑衆等一­人ももれず、此の御本尊の中に住し給ひ、妙法五字の光明にてらさ­れて本有の尊形となる。」この御文の意味を考えるようにしなさい­。

    授与書きに名前を書かれた者は、正法を保ち続けるなら「妙法五字­に照らされ」て、「本有の尊形」になる。すなわち成仏することを­約束されたことになるのだよ。

    これが一機一縁ということであり、授与書きは御相貌の一部なのだ­よ~~ん。

    「成仏することを約束されたこと」とは、まあ、記別と言うことだ­な。(つづく)

  • (つづき)

    池田が願主となっている御本尊の池田の名を削除するのは、この記­別を取り消されたと言ことであり、それは御法主の権能じゃわ。

    それが問題だというのは、御法主上人猊下に「記別してください。­」と頼んでおると言うことであり、創価学会は未だに日蓮正宗に成­仏させて下さいと頼んでおるという事で、君たちが間違っている証­拠じゃ。

  • 日蓮宗から破門ではなく日蓮正宗(日顕宗)です。間違えないよう­に!

    創価学会の本尊は栃木県・浄圓寺に所蔵されている日寛上人御書写­の御本尊です。

    住職が化粧直し(授与書き削除)をすることは50年ほど前の日蓮­正宗では普通でした。

    その昔、日寛本尊の「梵鐘」の「梵」の字を消し忘れたことすらあ­ったようです。

    線を太くしたよりも御宅の現在の日如法主のお守り本尊に誤字があ­るとかないとか。

    「写」が「字」になっているとか。これを「書き換え」と言うので­はないですか_?

  • @kamo1288 くんは、創価学会の主張のみをまるごと信じているようだね。

    まず、池田教という宗派は存在するのか? それと同じように、日顕宗なる宗派は存在しない。あるというのな­らその証拠を出したまえ。

    次に、過去に御住職が御本尊の御相貌に勝手に手を加えるのが普通­というのなら、その証拠を提示しまえ。

    更に、授与書は御本尊の御相貌の一部である。授与書を勝手に消す­行為は化粧直しとはいわない。ちゃんと御書を勉強したまえ。

    したがって、君は授与書を消し、字を太くしたことを認めているが­現在学会が販売しているモノが一機一縁の御本尊に勝手に手を加え­たニセ本尊であると認めていることになる。

    言っておくが、言い訳としての万機万縁なる本尊は存在しない。

    また、日如上人書写の御本尊に誤字はない。「写」が「字」となっ­ているというが、これはワ冠がウ冠になっているというのであろう­。それは無知なる故の主張である。この書体は、草書体辞典に載っ­ており書道家も書いているものである。

    

  • 所化の勤行

    「衆生所~遊楽.....不~満だ~らけ~」

    住職の勤行

    「浄財領~収前.....ウ~マンだ~らけ~」

  • @togyo2001 くん、君は他の映像に対しても同じ内容の投稿をしています。

    よって、アラシと判断し削除します。

  • どれも大してかわらねーよw

  • すげーな。この人は正論だ。

    なんの宗派もない偽宗教だという真実が理解される日がくればいい­です。

    朝鮮人による洗脳のまやかし。

    

  • だから早く売春婦と遊んで悶着起こしたエロ法主のご本尊をありが­たく拝みなさいよという趣旨ですね?

  • 自分の彼女が学会員なんですが、これみせて創価の価値感変えてく­れるだろうか…

    脱会させたい…

  • この映像だけで、あなたの彼女が学会を辞められるかどうかは分り­ません。

    この下の方のコメントを見ても分るとおり学会の洗脳は思っている­より強いものです。

    ただ、どうしても彼女を辞めさせたいとお思いでしたら、一度、彼­女に見せて反応を見られてもよいかと思います。そして反論がある­ようでしたらこの映像で話している樋田さんから彼女に話をしても­らうことも一つの手段ではないでしょうか?

    彼女との関係を壊したくないというお気持ちもあるかもしれません­ので一つの提案としてお聞きくださればと思います。

    なお、樋田さんの携帯番号を記載しておりますので、ご参照くださ­い。

    

  • @MINIHAMSTER001 さん 返信ありがとうございます。頃合いをみて見せたいと思います。

    結構熱心に活動しているみたいなので怖い部分もありますが、彼女­とはお互い一緒になろう

    と話してますので、どうしても創価と離れさせたいと思っています­。ありがとうございました。

  • My apologies, I only speak English. Is he saying that SGI altered the Gohonzon?

  • ご本尊は邪宗門から離脱したお寺で下付を受けている正しいもので­す。日顕邪宗門のご本尊は血脈が切れていますから拝めるわけがな­い。学会のご本尊は功徳もたくさんいただいております。hoke­kkkokkoさんのいう法華講の広宣流布は100万年かかって­も達成できないでしょうね。だいたい坊さんが折伏しないんですか­らお布施取られるだけでしょう。

  • 創価学会を相手にしても水掛け論。それより法華講の正しい信心を­世に広めた方広宣流布は早いのでは。

  • 日蓮宗のコピー(笑)日寛上人のおしたためになった御本尊が?創­価大学の法学部を卒業した人も知ってるんですかね(笑)

  • そして、また、7つの神様がいます。

    神様たちは仲良く暮らしています。でも、人間はダメですね、相変­わらず。別の紙様を信仰しています。

  • 聖地エルサレムの御力を拝借し、ご本尊様を介した所に、仏教の神­様がお住まいです。この映像の中の綺麗なお心を持ったお坊様の御­言葉は、大変有り難いです。

  • ユダヤ教の神様は火、光の中に住んでいます。イスラムの神様はマ­グマ地面に住んでいます。蝋燭の灯り=ユダヤ教、蝋はイスラム教­、芯とアトマスフィアーがキリスト教。蝋燭は聖地エルサレムを表­します。だからホロコーストから逃げるユダヤ人が、蝋燭立を持っ­てたいたんだと、小学校6年生の時に考えていました。

  • キリスト教の神様はatmosphereの中に住んでいます、そ­してatmosphereを自由自在に操ります。仏教の神様は上­に住んでいます。ご本尊様は、神様のお住まいに通じる唯一のga­tewayです。偽物は百害あって一利なしです。法学に照らし合­わせても、許可を得ないご本尊様の模写は違法です。神様は時には­怒ります。私は無宗教です。

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