懐かしい映像ありがとうございます。大阪の芸能は現在のようなものではなく、もっと奥が深かったのですね。
hegurikimura 9 months ago
懐かしい映像ありがとうございます。関西人は涙なしには見れない映像です。こういう芸人さんはもう出ません。ラジオでも面白かった。独特の「間」(ま)がある。もっと長生きしてほしかった。
cgmmv 1 year ago
ひな子さんと小米時代の枝雀さんがやってたラジオ大阪の「バチョンといこう」は独特の雰囲気で大好きでしたわ。
いいものを見せてもらいました。
hyperbottler 1 year ago
@hyperbottler ふぃーりんぐバチョン!ってありましたですね。
あと、ちょうど枝雀を襲名された頃に、「和朗亭」という番組で、ひな子さんが出演者、枝雀さんが司会であった米朝師匠のアシスタントとして出てはった回がありました。(ワッハ上方に現存しています)
kyusakanoue 1 year ago
ebi師匠のところにも書かせてもらいましたが、ひな子師匠が西田辺の駅前近くの市場で買い物をしてはった姿を何度か見ています。師匠の行きつけの美容院もあって。そのうちに住んではった団地の入り口のところにソーレンの花輪が出て。まだ寒いころやったと覚えてますが。
makopoku1 2 years ago
へー、じゃあそんなに超著名人だったんですな。というか団地住まいだったんですか!?
しかしもったいないですね、経営していたステーキ屋のトイレでなくなるとは。長生きしてれば・
kyusakanoue 2 years ago
そうですねぇ、なんで団地に住んではったんやろ。お孫さんまでいてはったはずですのにね。「寛太・寛大」の寛大さんが一時休んで実家の電器屋を手伝ってはったんですが、その店もこのひな子師匠の団地の近くでしたよ。
意外と年よりだったんですかね。
じゃあこの映像は若づくりしているってこと!?
へー、「ちょっと待ってネ」の寛大師匠ですか。
なんかもともと大須演芸場で活躍してていと・こい師匠に拾われたみたいです。
「寛太・寛大(カンカン)」さんはその名前から藤山寛美さんの系統やという話は聞いてましたが、「いとこいセンセ」にも関係あるとは知りませんでした。まさに上方お笑い界のエリートですね。それと寛大師匠の「ちょっと待ってネ」のギャグはWヤングの平川さんの「ちょっと聞いたぁ!」と関係あるものでしょうか?
命名が寛美さんで、師匠はいと・こい師匠なんですよ。
それはたぶんないと(笑)
wヤングはもともと、お師匠さんの系統からも分かるとおり、音曲漫才だったんですよ。
ひな子師匠は実は大正14年のお生まれです。現役では米朝師匠・松の助師匠と同い年です。女道楽とはいっても、三味線を弾くようで引かず歌うようで歌わずという通好みの芸は大きな角座の舞台ではなかなか難しく、絶妙の間で本当に面白い芸でした。本当に「ふんいき」のある芸人さんでしたね。
RCA77DX 2 years ago
Ebichan wa honmani kuwashii na! :D
Natsukashiku Hinako neechan no special voice to Shamisen kikasete morai mashita!
Arigatou gozai masu Kyuchan! :)
Bamtan13 2 years ago
Yes, cute voice and samisen! :)
Yogizuna 2 years ago
ひな子さん、お久し振りです。
そうそう 「東」でなく「吾妻ひな子さん」でした!
吾妻ひな子さんの都々逸世界一ですよ。
お三味に合うお声、たまんないねぇ!
ebishide 2 years ago
懐かしい映像ありがとうございます。大阪の芸能は現在のようなものではなく、もっと奥が深かったのですね。
hegurikimura 9 months ago
懐かしい映像ありがとうございます。関西人は涙なしには見れない映像です。こういう芸人さんはもう出ません。ラジオでも面白かった。独特の「間」(ま)がある。もっと長生きしてほしかった。
cgmmv 1 year ago
ひな子さんと小米時代の枝雀さんがやってたラジオ大阪の「バチョンといこう」は独特の雰囲気で大好きでしたわ。
いいものを見せてもらいました。
hyperbottler 1 year ago
@hyperbottler ふぃーりんぐバチョン!ってありましたですね。
あと、ちょうど枝雀を襲名された頃に、「和朗亭」という番組で、ひな子さんが出演者、枝雀さんが司会であった米朝師匠のアシスタントとして出てはった回がありました。(ワッハ上方に現存しています)
kyusakanoue 1 year ago
ebi師匠のところにも書かせてもらいましたが、ひな子師匠が西田辺の駅前近くの市場で買い物をしてはった姿を何度か見ています。師匠の行きつけの美容院もあって。そのうちに住んではった団地の入り口のところにソーレンの花輪が出て。まだ寒いころやったと覚えてますが。
makopoku1 2 years ago
へー、じゃあそんなに超著名人だったんですな。というか団地住まいだったんですか!?
しかしもったいないですね、経営していたステーキ屋のトイレでなくなるとは。長生きしてれば・
kyusakanoue 2 years ago
そうですねぇ、なんで団地に住んではったんやろ。お孫さんまでいてはったはずですのにね。「寛太・寛大」の寛大さんが一時休んで実家の電器屋を手伝ってはったんですが、その店もこのひな子師匠の団地の近くでしたよ。
makopoku1 2 years ago
意外と年よりだったんですかね。
じゃあこの映像は若づくりしているってこと!?
へー、「ちょっと待ってネ」の寛大師匠ですか。
なんかもともと大須演芸場で活躍してていと・こい師匠に拾われたみたいです。
kyusakanoue 2 years ago
「寛太・寛大(カンカン)」さんはその名前から藤山寛美さんの系統やという話は聞いてましたが、「いとこいセンセ」にも関係あるとは知りませんでした。まさに上方お笑い界のエリートですね。それと寛大師匠の「ちょっと待ってネ」のギャグはWヤングの平川さんの「ちょっと聞いたぁ!」と関係あるものでしょうか?
makopoku1 2 years ago
命名が寛美さんで、師匠はいと・こい師匠なんですよ。
それはたぶんないと(笑)
wヤングはもともと、お師匠さんの系統からも分かるとおり、音曲漫才だったんですよ。
kyusakanoue 2 years ago
ひな子師匠は実は大正14年のお生まれです。現役では米朝師匠・松の助師匠と同い年です。女道楽とはいっても、三味線を弾くようで引かず歌うようで歌わずという通好みの芸は大きな角座の舞台ではなかなか難しく、絶妙の間で本当に面白い芸でした。本当に「ふんいき」のある芸人さんでしたね。
RCA77DX 2 years ago
Ebichan wa honmani kuwashii na! :D
Natsukashiku Hinako neechan no special voice to Shamisen kikasete morai mashita!
Arigatou gozai masu Kyuchan! :)
Bamtan13 2 years ago
Yes, cute voice and samisen! :)
Yogizuna 2 years ago
ひな子さん、お久し振りです。
そうそう 「東」でなく「吾妻ひな子さん」でした!
吾妻ひな子さんの都々逸世界一ですよ。
お三味に合うお声、たまんないねぇ!
ebishide 2 years ago