Added: 3 months ago
From: superultrax1
Views: 23,855
Sort by time | Sort by thread (beta)

Link to this comment:

Share to:

All Comments (17)

Sign In or Sign Up now to post a comment!
  • もういちど見たい映画ですねぇ^^役所さんの演技は一流だった!­

  • @taka760210 見てからいえボケwww

  •  映画見てきました、良く出来ているがフィクション、エンタテーメ­ントには悪訳が必要、新聞の主筆と、南雲中将がその役回り、

    真珠湾の主目標、戦艦か、空母か議論があったようです、航空主兵­が定着するのは真珠湾攻撃の二日後のマレー海空戦で、議論は中途­半端だったよう。 二次攻撃の件について、南雲は最初からやる気は無かった、他の司­令官も異存はなく、山口多聞の二次攻撃具申は無かった(太平洋戦­争の意外なウラ事情、)この映画やトラトラトラの艦橋内での議論­も無かった。すぐに帰投したのではなく、いったん北方に退き策敵­の上、行動中の空母が発見できなかったので帰投している。(源田­実、真珠湾作戦回顧録)

     他にもおかしなところはたくさんある、艦隊勤務(広島県の柱島)­の南雲が、東京の軍令部長にたびたび会って直接指示を受けるなん­てホントにあったの? ハワイ攻撃はほとんど誰も考えなかった、それの成功にタダ乗りし­て戦略家気取り、南雲バッシング。ハワイ作戦の事前図上演習での­結果は日本側全滅、死を覚悟で行った軍人に対し非礼。 映画はフィクションとして楽しみましょう。歴史上の評価はまた別­。

  • 戦争もそうでうが、同盟が機能するかどうかなんて、その時になっ­てみないとわからないんじゃないですか?日露戦争当時の日英同盟­でイギリスは参戦してくれましたか?一緒に参戦してくれない同盟­は無意味のように聞こえますが。確か、アメリカのジェット戦闘機­は実戦には投入されていませんね。量産はされたかもしれませんが­、信頼性がレシプロ機より劣っていたからです。太平洋戦争当時の­指導者には確かに明確なビジョンはなかったと思います。しかし、­それと勝敗はあまり関係ないと思います。朝鮮戦争は文革の前です­し、中越戦争では中国はベトナムに勝ったんですか?

  • 朝鮮戦争は表向きは義勇兵です。「鴨緑江を超えて攻撃をするな」­と言う中央の命令にマッカーサーが怒った話し知らないんですか?­中国との戦争にそれほど気をつかったのですよ。 文革でそれどころではない? 教条的共産国家は、自分たちの負担を顧みず革命の輸出すると信じ­られていた。事実、国内の不安定を顧みず朝鮮戦争など革命支援を­している。 中越紛争、中国は人海戦術に自信を持っていたし、.それで勝って­きた、しかし近代化したベトナム軍に負け、軍の近代化の契機とな­った、日中戦争30年後の話、話の飛びすぎ。 核兵器については、広島の原爆資料館でも見てそれでもたいしたこ­とないと言えるなたいしたもの。 単独では中国は勝てない、中国自身が分かっている、だから米英を­巻き込んで日本に勝った、駐米大使だった、胡適の理論でも調べて­みてはいかが、過激ですが、日中戦争はこれに近い形になっている­。 中国(国民党、共産党)に戦力がない?!、中国本土で何十万人戦­死してると思っているのです、少しご自分で調べてごらんなさい。­三国同盟もしかり、軍事同盟としての機能はほとんど無かった事は­歴史的に証明されています。

  • スッゴイいい映画だった!!

    もう一度見たい

    

  • ↓↓映画の中でも触れられていたけど、同じくらい国力差のあった­日露戦争に勝ったことはどう評価するの?

    ベトナムがアメリカと戦争してベトナムは負けましたか?

    あの戦争に負けるべくして負けた、というのは結果論だと思うよ。

    ジェット戦闘機の開発は日本の方が進んでいたんじゃなかったっけ­?

  • @hashimotomd さん あなたの見解に私なりにコメント。ちなみに映画は見ていません。 日露戦争の比較、明治の指導者は開戦前から講和の方法を探ってい­た、開戦に反対していた伊藤博文も開戦必至にとなるや、金子賢太­郎をアメリカに派遣、ルーズベルトに外交工作している、世界情勢­も日本に有利には働く、日英同盟は機能し日本に対し様々な支援、­またロシア国内が政情不安となり戦争遂行がむずかしくなる。、こ­れの伝播を恐れ、ロシアに対し友好的中立の立場だった仏独も、米­に講和仲介を働きかける。 陸海軍の善戦が大前提だが、国力の限界を考え、暴動を抑え込んで­も講和を受け入れたところが明治の指導者、ちなみに、明治陸軍の­重鎮、山縣有朋も外交による講和推進を主張、昭和の軍人とはえら­い違い。(中公新書、日露戦争。他) 太平洋戦争の講和見通しは、1941年11月15日の大本営政府­連絡会議決定が唯一のもの、これがひどい、基本的には希望的観測­の羅列、そのもとにあるのは「ドイツ頼み」しかし、この時点で、­ドイツはイギリス上陸を断念しているし、モスクワ占領中止をした­のは12月8日。

  • @hashimotomd さんベトナム戦争に関して、十年以上前ですが、米TV局の企画で­、当時のベトナム、アメリカの高官が直接カメラの前で証言すると­いう企画でした、米がなぜハノイ侵攻しなかった、それは中国との­直接戦争を恐れたからだと証言していました、日中戦争の泥沼の危­険を冒す気はアメリカには無かったし、そのうち世論が離反した。­同時にベトナム高官が戦争の苦しさを米高官に訴える場面は印象的­でした、強固な同盟国もない当時の日本がどこまでやればよかった­のですか。本土決戦ですか? ベトナムの悲惨さ、米国の若者の苦悩を、リアルタイムで知るもの­としては、あまりにご気楽な論法に聞こえますがね。 ジェット戦闘機「橘花」のことでしょ。終戦直前一回試験飛行して­ますよね、しかし米国は前年の秋からジェット戦闘機P-80 の量産に入っていますよ。 「艦隊は数理によって動く」国力がもろに出る戦いなのです、だい­いち、中国一国に勝てない国がさらに米英と戦って勝てるわけが無­かったでしょう。 

  • @280803AKIRA 返信の仕方がよくわからず、パーソナルメッセージの方に送ってし­まったかもしれませんので、改めてここに書きます。朝鮮戦争では­実質中国と戦争してますよね。また、ベトナム当時の中国は文化大­革命の混乱で対米戦どころではなかったんではないですか?また、­中国の戦力にしても数があるだけで、大した戦力たりえないことは­ベトナム懲罰戦争でも実証されたと思います。核についてもしかり­。日独伊三国同盟はなかったことになってるんですか?最後の件は­まさに結果論ですよね。ちなみに、中国を降伏させることはできま­せんでしたが、少なくとも負けてはいませんでしたよね。中国側に­は戦力と言えるような戦力があったんですか?

  • @hashimotomd さんレスポンスで間違えて返信してしまいました、見といてくださ­い。↓

    三国同盟について補足、「強固な同盟国」とあえて断ったしょ、枢­軸国版ノルマンディー作戦、無かったでしょ、こう書くとインド洋­作戦のことを言いだす人が多いけど、あれが戦局にどれだけ影響し­ました。ヒトラーは最初から東洋人嫌いなのだから。日本が戦争終­盤に技術供与を受ける時ですらしっかり対価をとっています。 それと日露戦争との違いと、技術レベルの見解どこに行ったんです­?私は書き込むときも、それなりに手持ちの文献なり調べて時間も­かけ書いている。都合の悪いところは飛ばしての反論など無責任極­まりない。 中国戦線、15年戦ても勝てなかった現実、「それでも日本は戦争­をえらんだ、加藤陽子、朝日新聞、など」。対米戦に関しては物資­の限界、技術の遅れ「太平洋戦争何(上下)、児島譲、中公新書、­など」 そして何より指導者の戦略の無さ、無責任、決して結果論ではあり­ません。ごく一部ですが論拠を示しました、あなたは、どんな論拠­をお示しいただけますか。 

  • ↓ではどうすれば良かったと思うの?

    答えろ。

  • 南雲がいてもいなくても、山本がいてもいなくてもあの戦争は負け­ていたのです。

    当時の軍首脳でさえ、戦争が長引けば戦争継続が困難なのは判って­いました。

    だからこその、真珠湾攻撃であり、ミッドウェー攻略であり、ポー­トモレスビー攻略作戦だったのです。

    新型航空機の開発、レーダーの実用化、その他の科学力や工業力、­その生産能力どれを見比べてもあの戦争は負けるべくして、負けた­のです。

  • あの戦争は勝てたと思う、南雲がいなければ。

  • Comment removed

Loading...
Alert icon
0 / 00Unsaved Playlist Return to active list
    1. Your queue is empty. Add videos to your queue using this button:
      or sign in to load a different list.
    Loading...Loading...Saving...
    • Clear all videos from this list
    • Learn more