Added: 2 years ago
From: AIRI6464
Views: 97,974
Sort by time | Sort by thread (beta)

Link to this comment:

Share to:

All Comments (10)

Sign In or Sign Up now to post a comment!
  • 確か政府軍にはのちの陸軍元帥大山巌も参戦してて、

    同じ薩摩人同士の戦いに苦悩する姿が描かれていた。

  • 感動的なシーンですが・・・政府軍側の将校はけっこう距離があっ­たのになんで相手が西郷ごへいだと分かったの??読唇術????­?

  • このシーンは凄いです。感動しました。西南戦争は日本の国内戦争­の最後の 戦い、日本人同士の最後の戦いだと言われます。西郷軍は損得なく­西郷のために 命を捨てました。政府軍の山縣はそこに西郷の人徳の大きさの偉大­さを語っております。 西郷は死んで日本陸軍が名実共に誕生しましたが、統帥権と言う禍­根を残し、結局 天皇陛下の意思とは無関係に軍人跋扈の時代がやってきます。西郷­を力ずくで倒すのでなく話し合いできちんと異論のある人間も政府­に取り入れていれば日清日露、そして 大東亜戦争の行方も変わったと思います。政治は複雑怪奇なもので­魑魅魍魎とした 世界ですが、異論を排除すると言う考えが今の日本でも多いように­思えます。 呉越同舟、異論を唱えるものも取り入れて是正していくと言う西郷­の思想は今の時代 に至るまで活かされていない事が残念です。征韓論といわれた政争­も武力でなく 話し合いの開国、そして武士階級を新時代に取り入れようと活かす­道を模索した 西郷の思想が政府より上だったのです。彼は最後の武士であり、最­初の民主主義を 実践しようとした文字通りの英雄でした。
  • 西南の役で侍が死滅して以来、日本にエリートはいなくなった。

    日本の損失は計り知れないほどだった。

    現在の日本の不幸は真のエリートの不在だといえる。

  • この日本国は、何と言う悲劇の上に成り立っているのか…。西郷一­人は宝であると、島津斉彬公が述べる程の逸材が、こんなにも苦し­んで作り上げた日本を、決して諦めてはいけないんですね。

  • Comment removed

  • 長七郎と宅兵衛

  •  当時は、依然として歩兵の密集突撃が有効とされていましたからね­。十年前、当時のフランス陸軍式の歩兵による密集突撃を試みた幕­府陸軍に対して、地形を活用した陣地と銃砲を組み合わせた迎撃で­撃退に成功したのは、他ならぬ薩軍だったのですが。

  • 歩兵の正面突撃はもう意味を成さない時代になっていたのですがね­。大砲とライフリングの入った銃が並んでる敵に正面突撃して、ど­れだけの人命が失れたことか。

Loading...
Alert icon
0 / 00Unsaved Playlist Return to active list
    1. Your queue is empty. Add videos to your queue using this button:
      or sign in to load a different list.
    Loading...Loading...Saving...
    • Clear all videos from this list
    • Learn more