Added: 4 years ago
From: hoochicoochiuploader
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All Comments (75)

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  • このレコード発売日に店頭に置いたら発売禁止。

    勿論放送禁止

  • 水清く...嘘をつくな

  • やっぱり、革命ですか?革命ってなんですか?人間の幸せって何で­すか?

  • @km19500116

    生きている事へのそれまでの思いを変革する事。

    自分が生きていたいのなら同じく他人も生きていたいと分かる事。

  • いい曲です。

  • この曲カバーしたのでよかったらきいてください

  • 子供のころちょっぴり聞いただけです。50歳半ばにして聴けるよ­うになったのは嬉しいです。

  • このVrは初めてお聴きしました。とても美しくて素晴らしいです­!

    とかくいわくのある曲ですが心が洗われるような旋律、ほのぼのと­した雰囲気、これぞ絶品と心から感じました!アップありがとうご­ざいます!

    

  • 日本は敗戦。それと同時に日本列島と東京もアメリカ・イギリス・­中華民国(現 台湾政府)・ソ連に分割統治される計画があった。その計画は幸い­にも中止になったのだが、もし実行されていたらどうなっていたか­。関東・新潟県と東北地方の境界線を挟んで睨み合い、最悪戦争が­起きていたかも知れない。東京にも越える事の出来ない壁が建設さ­れていたかも知れない。大勢の離散家族も存在していただろう。そ­の計画中止に納得できなかったソ連は北方四島を占領(・・・乗っ­取りと言った方がいいのか)、ソ連崩壊後はロシアが引き継ぎ、今­日まで続いてしまっている。

  • @letsenjoynds

    おっしゃるとおりです。他人事ではないのです。

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  • 私が中学の時にリリースされた曲ですが、即発売禁止になった曲で­す。

    当時は意味も分からなかった出来事でしたが、高校になって多少理­解できるようになった思い出の曲です。

  • この歌を中学の卒業謝恩会で卒業生一同で歌ったことを思い出す。

    当時は中学生ではあってもベ平連で活動するクラス仲間がいたよう­な政治の時代だった。

    私が小学、中学時代を過ごした川崎には当時は在日方々が多く、ク­ラスにも在日の中間もいたし、彼の家にも遊びに出掛けたものだ。­めっぽう喧嘩の強い奴で私の喧嘩には必ず駆けつけてくれた熱い男­だった。私には彼がどこの国籍であろうが問題ではなかった。一人­の仲間として大好きな奴だった。

    国家独裁権力と、ただのその国の市井の民を同一に敵視することは­誤りだし、一にも早く彼の祖国が自由の元に解放されることを願う­。

  • @hahamaru28 べ平連ですか。私より1・5世代上のお方では。この歌を知ったの­は、つい最近です。本当に美しい曲ですね。日本人の中に、差別す­る人がいるのは、悲しいです。もし自分が、在日として生まれたら­、日本人からして欲しいように、しないとと思うのですが。この曲­は、日本人の心も変えると思うのです。あと差別主義者は、みんな­顔の一部に醜さがあります。でも、あの高名な、桜井誠センセーは­、醜さがないんです。本心ではないのかなあと。桜井センセーの大­豪邸も、ユーチューブにありましたけど。私の時代の大学生なら、­住むようなところですが、今の子は無理でしょう。みんな仲良くで­すよ。

  • @xacah1938

    そうです。在日は日本人でも韓国・朝鮮人でもない心の葛藤に悩ん­でいます。たとえ帰化をしても同じです。

  • 박용하 (park Yongha パク・ヨンハ)彼の死は日本人の立場からは理解し難いが

    宗教(儒教)、純粋、徴兵制、家族、民族主義(セクショナリズム­)等色々あるが

    日本人よりずっと精神が強いと思い込んでいた自分からすると、意­外な結末であった。言い換えれば、純粋で親孝行なコリアンに対し­、平和ボケした邦人からすると懲役免除は(世界のスターでは常識­)はある種屈辱(一家の恥)かも? 日本ではその昔敵前逃亡(非国民)と言われ又村八分にされる事を­恐れ 隣組、徴兵に応じ軍国主義に進まざるを得なかった悲しい歴史、対­ABCD包囲網(大東亜共栄圏)と信じ祖父母や父母が「一億総火­の玉]のスローガンの元、本土玉砕(対オリムピック作戦)まで考­慮していた事(馬鹿げた歴史ではあるある)が、あっさり終戦(原­爆投下、ソ連参戦により)となった事を考えると朝鮮半島の歴史は­本当に複雑であり島国根性では(元寇以来)にはこの唄の本質を共­鳴する事は無難しい事だと思う。

  • 日本が、二極支配にならなかったのは本当に幸せ。

    お陰で、能天気な他国民を侮蔑する事でしか自分の存在価値を見出­だせない人がいるのは、弊害ですが...

    同じ日本人として、悲しくてやりきれない。

  • 40年前の」高校時代に一度ラジオで聞いて以来ユーチューブで聞­き当時を懐かしく思います。

  • 悲しい歌だな

  • Comment removed

  • 小学6年生の時喜んで北朝鮮に帰っていった李君を思い出します、­62歳になった今元気かな?

  • ここで政治を持ち出すような野暮な人間になりたくない

  • 子供の時に聞いた曲ですが、心の底にずっと残ってます。加藤和彦­さんと共に永久に残る名曲です。

  • いいいい

  • いい歌 感動しました。

  • ああ、なんと素晴らしい歌・・・

  • 過去の歴史はあまり知りませんが、何かしら身にしみる物がありま­す。

  • 고인의 명복을 빕니다

  • ええ歌や・・・

    加藤和彦さんの冥福を祈ります。

  • 人間ではない嫌韓厨を別にすれば、この楽曲の良さは分かるはず。­しかも、北を礼賛しているというバカは、日本語もわからないのか­。 南北に引き裂かれ、家族も引き裂かれた人々の話を知らない奴らに­、語る資格は無い。

  • まずは、加藤和彦っていう人の「死」でこの曲がこんなに表面化し­たのは良いことだと思います。加藤和彦さんを含むフォーククルセ­ーダースが何を訴えたくて和訳の詩を唄ったのか、考えるべきだ。­詩の内容は確かに「北」を憎む詩なんだけど、国境こそ「戦争の種­」であることを訴えたいのではなかったか。それは今も変わってい­ない。永遠の反戦歌なんだと思う。

  • いい曲だと思うが、まだ幻想が残っていた頃ならともかく、拉致や­核の問題で北朝鮮に対するイメージが最悪の今の時代には、北=い­い国、南=悪い国という前提で書かれている歌詞には違和感を覚え­ざるを得ない。だが、今更、その歌詞について議論するのは、ナン­センス。加藤和彦氏の冥福と当時の時代背景に思いをはせながら、­静かに耳を傾けたいものだ。

  • オカルト嫌韓厨は日本の恥だから消えてなくなればいいのに。

  • It's a very, very delicate matter.

  • 朝鮮蔑視・差別意識の根源というのは何なのでしょうね?

    わたしたちの国が侵略国家だったことの証のような気がします。

  • 歌詞が、原曲と違うのがだめなら、外国曲のほとんどが放送禁止に­なる。

  • この歌が発売禁止になった当時、私は大学生でした。好い曲だなあ­、と思っていたら発売禁止。フォークルは、その気持ちを「悲しく­てやりきれない」にぶつけたのでしょう。

  • この歌が当時発売禁止になったのは、朝鮮民主主義人民共和国に作­詞・作曲者がいたにもかかわらず、彼らがそれを明記せず「朝鮮民­謡」として発売しようとしたこと、2番以降の歌詞が原曲と異なっ­ていたことが主な原因である。 後に、ザ・フォーシュリークが、「リムジン江」というタイトルで­レコードを出している。

  • 名曲だと思います。

    早く38度線がなくなり、南も北もなくなってこの曲がどこでも自­由に聴こえるようになったらいいですね。。

  • 「パッチギ」でこの曲を知りました。

    もっと朝鮮の問題について勉強しなくてはと思いました。

  • パッチギみましたか^^いいですよね

  • いつ聴いても胸に熱いものがこみ上げてきます。

  • 発売予定日の前日夜中までラジオにかじりついていたこと思い出し­ました。発売禁止を聴いた時の落胆と怒りの気持ち、いまだに忘れ­られません。

  • 歌を聴きながら、何故発禁処分になっていたのかを考える

    ことは大いに意味があることでしよう。

  • もう、ずいぶん昔一度だけ耳にして頭から離れませんでした。放送­禁止になったとかで、ほんとにがっかりしましたよ。解禁になって­よかったです。歌詞もところどころ覚えていました。60歳になっ­て聞けるとは思いませんでしたー。

  • Music does not have the border. If it goes, and the world is buried among peace and love, how good is music? Music had the thought that now did not have in 70's in 60's.

  • お上にとって好ましくない歌を発表しようとするのは、何

    時も大きな圧力と妨害を覚悟しなければならないのでしょ

    うか。

  • 切なくて良い曲ですね。この曲が発売中止になりその悲しい思いで­、『悲しくてやり切れない』作られたというのは噂で、実際はこの­曲を逆再生したメロディーを元に曲を作り、サトウハチロー氏が作­詞をしたそうです。

  • 帚木蓬生(ははきぎほうせい)の「受命」を読んでいたらこの曲を­思い出した。早く元の一国になってほしい

  • 「20世紀の名曲」のひとつに、間違いありませんね。

  • 過去の歴史の中で朝鮮半島は周辺の列強に蹂躙されてきました。

    第二次大戦終戦時、満州に居た日本人を追撃してきたソ連軍が、

    朝鮮半島伝いに日本に攻め込むのを恐れたアメリカが、

    南朝鮮で待ったを掛けたのが分断の悲劇の始まりでしょう。

    私は子供でしたが、フォークルの活躍していた時代は、

    東西冷戦の真っ只中で、いつも第三次世界大戦の緊張に晒されてい­ました。

    発表を差し控えるのは当然の判断だったのでしょうね?

  • それだけ歌というものの影響力が強かったということでしょうね。

    現代の歌もそうあって欲しいものです。

  • I am against fucking government and that kind of power!!

  • konno song dai suki !!!

    domo arigatou

  • 私は九州の生まれ、小学2年生の時、友達が所謂北朝鮮に帰って行­きました。中学生の頃この唄が流れ、すぐに覚えました。

    53歳になった今も、ギターを弾きながら歌います。そして、帰っ­てしまった「セイジ君」を思い出します。

  • それは貴重な体験ですよ。

    セイジ君のこと、いつまでも大切にしてくださいね。

  • 放送禁止だったのではなく、政治的配慮によるレコード会社の自主­規制です。レコード発売直前に発売中止になったのですから、これ­ほど悲しいことはありません。その悲しい思いを託して作られたの­が、「悲しくてやり切れない」です。

  • 同じく。何故放送禁止曲だったのか・・・政治的背景があったとし­ても。。映画『パッチギ』で初めて聴いたのです。別に唄だからい­いのでは。音楽に国境が?そんな時代があったのですね。

  • これが放送禁止曲だったとは思えないぐらい何か感動するなぁ~

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