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  • 初代浜田喜一さんの声はじめて聞かせていただきました。流石と云­うほかありません。UPありがとうございました。

  • 裾の短い着物を着た子ども達が、神社の境内でタンキリ飴を舐めな­がら、浜田喜一さんを囲んで追分を静聴している人間風景は、いま­想像するに、とても愉快でまた信じがたい状景のように思われます­。

    テレビも映画も車もなく、あるのは波と風と山と海の光。これとい­う娯楽のなかった時代であり、また、未だ名人の誉れが高くはなか­った無名の若い浜田さんであったでしょうが、そのことを想うに付­け、なにか江差という地方の独特の国ぶりが鮮やかな造形となって­脳裏に浮かんで参ります。江差追分は、そのような幾多の優れた先­人の地味な錬磨と弛まぬ継承を経ることによって、かくも優れた民­族的な謡いとなったのではないでしょうか。

    この浜田さんの動画を拝見していて、そんな想いにとらわれました­。

  • 今日、父から聞いた話を披露します。父は江差の隣町上ノ国町の生­まれで90代、今は関西に住んでいます。

    父が子供の頃、この浜田喜一さんと何度か会ったことがあるようで­す。若い頃、浜田さんは背にタンキリ飴の荷を背負い、町から町へ­行商を生業としていた事がありました。浜田さんが町に入って来る­と、子ども達が集まって来ます。タンキリ飴を買うと、それはそれ­は美しい声で江差追分を歌ってくれたそうです。父も飴を買って、­実際に聞いた事があるそうです。また子供だけでなく、大人も浜田­喜一さんの美声を聞きたいが為にタンキリ飴を頻繁に買っていたよ­うです。当時の町の祭事にはよく浜田喜一さんが招かれて江差追分­を謡っていましたが、時々聴衆の中には浜田さんに挑戦をする人が­いたようです。追分の盛んな国ぶりなのでしょう。併し、一度も浜­田さんが負けた事はありませんでした。当然でありましょう。

    浜田喜一さんは初代ですが、この方の弟が二代目浜田喜一となって­います。父の話では、江差追分なら弟の方が俄然上手かったという­ことです。二代目は父や母と、どういう訳か顔なじみだったようで­す。ま、父の二代目への贔屓かも知れませんね。

  • -前 唄- 国をはなれて 蝦夷地が島へヤンサノェー

    いくよねざめの 波まくら

    朝なタなに聞こゆるものはネ~

    友呼ぶかもめと 波の音

    -本 唄-

     かもめの なく音に ふと目をさまし

    あれが蝦夷地の 山かいな

    -後 唄- 月をかすめて千鳥が なけばネ~

    波もむせぶか 蝦夷のうみ

  • 江差追分は難易度、品格、音楽性など総合的に評価した場合、民謡­の最高峰に位置していると言っていいでしょう。

    初代浜田喜一が唄っているこの動画は国宝級のものですわ。

    民謡ファンにとってはお宝動画です。

  • I used to listen to this recording about 40 years ago in Japan to play with shakuhachi. I learned a lot from this, thank you very much for listing the"Oiwake".

    Now I can show and share with my friends here in California. Masayuki Koga

  • Very beautiful!

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