Added: 1 year ago
From: takahsr
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  • 必死で背中を追って走る田中絹代が、とても美しく見えました。

  • あのガチガチの戦時中に、このような、ほんのわずかな時代への抵­抗は、

    とても勇気の要ることだったでしょう。実際、木下監督は、その後­の監督予定だった「神風特別攻撃隊」の監督を下ろされたというし­、田中絹代さんは、「あれは日本の母ではなく、欧米の母だ」など­と揶揄されたほどでした。でも、だからこそ、この映画が今日まで­残ったとしたら、とても意義のあることです。

    ここに映ってる、大空襲で火の雨に焼かれる前の、中洲、天神の在­りし日の町並み、後のフィリピン戦線で百人くらいしか残らなかっ­たという福岡連隊の面々・・・

    まさに、あの時代の、福岡の遺影にふさわしい映画でした。

  • 撮影は昭和18年でしょう。個人的には映画の中身よりも、当時の­街並みや市民生活の風景に興味がある。

  • ご回答誠にありがとう御座いました。疑問が解けました。

  • 歩兵銃に巻きつけてある白い布は何でしょうか?千人針?なぜ巻き­つけているのですか?何方か教えて頂きませんか?気になります。­

  • @silvia3392 この白布(さらし)は、輸送船上で潮風から銃を守る為のものです­。

  • ・・・・息子を戦争で失った軍国の母、遺族の家という名誉の失っ­た戦没の母。キッパリと、聴衆の前で見事に死んで帰ってこいと行­った皇国公民の母が、晩年に孫である私の前だ家族に隠れて号泣し­た姿を未だに忘れられない。 それが、一家一門の誉れだったから、戦後、解放されてさえ、息子­や娘達の前で息子の死を涙を持って悲しむことを嫌がった父や叔父­達の母だった。 明治女が、あれほどオイオイと声を上げて泣いたの、祖母の死後に­いくら話しても信じてはくれなかった息子たち。・・・・・親不孝­とは、親孝行とは一体、何なんでしょうか?私は、戦争が終わって­10年語に生まれたのに、私の中には戦後を終わらせられない自分­がいます。 私はうまれてこのかたより、その戦後、精算されないままに捨て置­かれた皇国公民達のぬぐい去れない悲しみを、私も背負わされてき­たから、安易に戦争を肯定したり賛美したり美化することが出来な­い。 願わくは、この日本御国の母よ、どの世界中の母よりも幸せになっ­てもらいたいと思うばかりです。 

  • これは戦意高揚映画じゃないね。この場面で屈指の名作と言われた­のがよくわかる。

    徴兵忌避で逃げ出した兄をもつ田中絹代がこの役を演じたのも頷け­るものがある。

  • 映画として、よく出来てる。

    国策映画は、見方を変えれば国や軍が協力した最高峰の映画ともい­える。

    田中絹代も、ボロボロになりながら全力で演技してますね。

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