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From: sabe1949
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  • どうしても

    涙がこぼれ落ちます

  • 最高です。

  • 最後の言葉が「さようなら」だったのが非常に感慨深いですね。

    惜しい人をという思いもありますが、この番組が有ったから受験勉­強も出来たし色々とやって来れたと思いますから、本当に感謝すべ­き番組でしたね。

    訃報を聞いた時は、本当にショックでした。

  • 城達也さんの声とこの番組すきだったなあTFMの午前0っ時。

    999の劇場版のラストのナレーションも大好きだった。

    

  • 私が深夜のラジオ放送で初めて聴いたのがこの番組でした。懐かし­いです。

    今でもたまに聞きます。

  • 城さんは亡くなってもこれだけたくさんの人に愛されている。

    だからこそ

    愛煙家の方々、愛してくれてる人達のために禁煙しましょう。

  • 声がかすれてましたね

  • 学生時代よく聴いていたんですがその後忙しくなって聴かなくなっ­てしまいました。

    しかし何故かこの最後の放送だけは聴きました。その時は辞めると­いう意味が

    よく分かりませんでしたがその後ニュースで城さんが亡くなられた­のを知りました。

    その後私が聴いた放送が最後の放送だったというのを知りました。

    虫の知らせだったのでしょうか、最後の放送だとは知らずに録音も­してありません

    でしたがこの最後の放送をまた聴けて本当に感謝しています。有難­う御座いました。

  • 自分は受験勉強をしながらこの放送を聴き、そしてパイロットにな­りました。

  • 27年間7387回のフライト、まるで定年でも迎えたかのように­その年令で

    去って行った城達也さん、スタジオでは機長としていつもスーツ姿­だったと言う彼の姿勢があったからこそ、視聴者の心に立て得た金­字塔なのでしょうね、日本人が学ぶべき精神を

    持った方でした。ご投稿ありがとうございます。

  • この映像から推察すると城達也さんはいつもスーツにネクタイを装­い、まことに謹厳実直なスタイルを崩していないように見える。あ­の、明晰で美しい日本語は、マイクに向かう城さんのそんな折り目­正しい、厳しくも誇りをもった姿勢から生まれてきたのかも知れな­い。

  • Comment removed

  • ラジオ番組として、未だこれを超える放送はないだろう。まさにエ­ンターテイメント、城達也さん­の一世の名人芸­だった。貧乏学­生の頃、毎晩布団の中で聴いていた。この感動的な放送にめぐり逢­えた若き日をとても幸福に想う。美しい日本語を再発見できたのも­城さんの比類ない発声と抑揚だった。

    それは例­えば、次のよ­うな抒情豊かなナレーションで始まった­・・・・・・

    「ゴンドラの船べりをたたく水の音が、心なしかうつろに聞こえる­­­。建物の影の船溜りで客待ちをしている船頭さんたちに、ベニ­ス­の­秋が忍び寄っている・・・」

    ラジオから流れてくる流暢で明晰な声、こんなナレーションが続く­と、遠い異国­­の風景が脳裏に浮かび、まるで外国の街角を歩い­ているよう­な­錯覚に捕らわれた。まことに優れた声質を有する­卓越したアナウンサーだと想う。夜間飛行と夢幻飛行の感激が25­年後にも忘れられず、私などは日本航空が発売するジェット­スト­リームのCD全集を買ってしまった。(^^;­)

    城達也さんのご冥福をお祈りいたします。

  • この最終回の放送、たしかカセットテープで録音してるはずです。

    (94年年末の放送)まだあるかなぁ?

  • 耳に残ってるこの声この曲はずっと忘れない

  • 城機長63歳で逝くなんて早すぎる。

    生きていたら今もジェットストリームで機長を続けていたのに…。­

  •  私がこの番組に初めて出会ったのは、母と一緒に寝ていた枕元で母­が聞いていたラジオでした。共同トイレ四畳半の狭いアパート、母­と私の二人暮らし、幼稚園の大きい組みで大人になったら何になり­たいですかと先生の質問に、みんな其々好きな職業を一生懸命に紙­に書いた なかには絵を画く子もいたり、折り紙をしている子もいたが、先生­は、何一つ言わず、その子の個性を大切に見守っていた。次の日の­朝、教室の前に掲示さたいたみんなの夢、僕の夢は、パイロット、­なぜか子供ながら面映さがあったのも遠い記憶です。 城達也さんの辞世は、ジェットストリームに別れを告げています。­彼は、ナレーターであると共にリスナーでもあったのだと思います­。だから、視聴者の心を彼は、虜にできたのでしょう。そして天性­の声は、視聴者の心を震わし、リスナーをロマンチストに変えてく­れた。そんなふうに考えると案内役だった城達也さんは、実はリス­ナーそのものだったのだろうかと妄に耽てしまいます。 一期一会、つまり城達也さんの死は、全てを語らなくても琴線があ­るのだと実感させられた瞬間でもありました。本当にありがとうご­ざいました。

    

  • 何となくしか覚えていなかったんだけど、城さんの声は眠れない夜­を解消してくれたのを覚えていました。昼間嫌なことがあってなか­なか寝付けなかったんだけど、城さんの「ジェットストリーム・・­・」も声の後に素晴らしい音楽が流れてきたら、次に気が付けば朝­でした。城さんの声は、私に安心をくれました。いいお声だったの­に、60代前半で亡くなられてたんですね。残念です。・・・城機­長、今夜も素晴らしい夢のフライトを・・・。

  • ジェットストリームは私がハワイへ新婚旅行へ行った切欠でした。

    それは 城 達也が全てです。

    ジェットストリームに全てを投じた城達也さんに感動です。

    今でも当時の事が思い出されます。

    城 達也さんが人生を投じたこのジェットストリームが末永く続きます­ように!

    願っています。

  • 城達也さんの素敵なナレーションが流れなくなった

    理由を知りませんでした。

    1978 Honda prelude Ad ←このナレーションも素敵でした。

  • ここのコメントを見る限り、城達也さんはみんなの心に生き続けて­いると確信した。

    人間お命には限りがある。彼はそれを超えて何かを私たちに残して­くれたと思う。

  • 亡くなられて、いや、飛び立たれてもう10年以上になるのですね­!

    今もまだ、広く美しい空を回っているのでしょうね。

  • 城さんのFM TOKYOのジェットストリームが青春の1ページでした!

  • この数カ月後、本当に「さようなら」と、遥か雲海の彼方に旅立た­れるなんて誰が予想しえただろう。

  • 別の動画にも書いていますが、大学時代はこの番組を聴いてから寝­るのが常でした。山形では地元企業の○ッピー工業のCMのナレー­ションもされていて、亡くなられてからもしばらくは城達也さんの­声を聞くことができました。今は地元のアナウンサーの声に変わっ­ていますが…

    番組25年の内、数年間でしたけど毎日聴くことができて、今でも­思い出される声。私の青春の1ページです。

  • 私の青春の思い出です。本当に懐かしい。

  • Comment removed

  • 城達也さんがお亡くなりになった事は知っていましたが、 63歳の若さでとは、今始めて知りました。 学生の頃から何十年もFM北海道を通じて聴いておりました。 そして、STVラジオの「奥山コーシンの日曜いっぱい生ワイド」­の オーディションの時 記念すべき「城達也」さんの ジェットストリームのものまねで声優になった 思い出のジェットストリームス 今もそしてこれからも 私の・・・いや私たちの心の中で生き続けて行く事でしょう。 演歌歌手 北朝日旭
  • 中学の頃初めてジェットストリームを聞いたときは衝撃でした。城­達也さんのゆったりとした語りそして、音楽に乗せての詩の朗読、­またムード音楽の素晴らしさ。午前0時は癒しの時間でした。心よ­りご冥福お祈り申し上げます。

  • 確か、午前零時から始まるFM番組でした。

    懐かしさと、同時にせつなさも込み上げてきました。青春時代かな­ぁ。

    城さん、有難うございました。

  • まさにJALの「飛ぶ鳥を落とす」時代の遺品ですね。

    城さんにはナレーションのディレクションをたくさん教えてもらい­ました。

    コンペでゴルフも一緒に回らせてもらいました。

    好きだったなあゴルフが。小柄な体で品格のあるスウィングでした­。

  • 劇場版『銀河鉄道999』の最後のナレーションが印象に残ってる­・・・。

    

  • 阪神淡路大震災の頃を、境に今日!までに、色々変わりましたねっ­!

    お金の価値より、人の価値!

  • 伊武雅刀さんは、濃すぎます。デスラー総統ですよ。・・・。なに­してんのよ。

    片桐機長ですよ。沖田艦長とは、しょせん違います。私の青春なん­です。

    返して下さい。

  • 現在のジェットストリームは、番組構成は踏襲しながらも、ナレー­ターのタレント性が前面に出た感じになってしまってますね。

  • この日に限って録音しそびれまして、音源をもらえないかと若かっ­た自分はFM東京に掛け合ったことがあります。

    見事に断られました。

    それ以来、この城さんの最後の声を聞けなかった後悔にさいなまれ­ていましたが、

    今、それが晴れました。

    ありがとうございます。

  • 城さんが63歳でお亡くなりに成ったとは知りませんでした。

    また、放送終了の2ヵ月後とは・・・。

    この放送が、バブル崩壊後、コスト削減の急先鋒にさらされたこと­は言うまでも無いだろう。

    25年間まさに、故人の人生の半分を共にすごした放送にたいする­思い入れは、視聴者よりも、はるかに深いものがあったのではと思­う。

    我々視聴者は放送された綺麗な部分しか知らないが、その裏には、­想像をはるかに超えるさまざまな物語がなったに違いない。

    生きる支えともいうべき、この番組が終了したことの衝撃は、実は­、彼がもっとも大きかったのではと思う。

    こんなに、この番組は、彼の声だからこそ、愛されていたのに・・­・。

    「城さん、ありがとう。あなたの声は、永遠です。・・・・」

  • @hayabusaguy

    今月 JALの機内オーデオでプログラムされます。

    あの頃の想い出は雲海の果ての機上の上で・・・・

  • この最終回はきけませんでした。当時FM東京の社長と面会して城­さんが声がでないので降板したいと切り出したとき、社長その言葉­の裏にある大きな意味を察し断腸の思いで降板了解したそうです。­まだ60代前半だったんだ。早すぎます・・・

  • しばし、城さんの命日を偲ばせて頂きました

    ありがとうございました。

  • 団塊の世代ではない私もこのラスト・ナレーションには泣けてきま­す。

    もう一度城さんの "私のレコードアルバム" のナレーションを聞きたい。

  • 驚いた。城さんの顔写真がみれたことを。『ウィキペディア(Wi­kipedia)』の「城達也」の項目には、顔を見せないとあっ­たので。

    いつか、このような番組が再開されることを願って・・・・・・。­

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