「たられば」は禁句だが、別のきちんとした部屋に入門してれば、また違った相撲人生になってたんだろうね。才能は本当にあった力士。もったいないとしか言いようがない。
311broke 4 months ago
未完の横綱、双羽黒。廃業事件でも、当時の立浪親方の責任の方が大きかったと現在は言われています。事実、その後の立浪部屋は学生相撲出身で幕下付け出しデビュー組みぐらいしか育ちませんでした。
双羽黒も、人間として未熟な部分があったと思いますが、プロレスや格闘技界で本気でしかってくれる人に出会い、更生したからこそ、相撲界に戻れたのではないかと思います。しかし、この体であれだけ動くんですから恐ろしいです。まともなら、この後の横綱は何人か「は誕生しなかったかも。
namomihagi 1 year ago 2
この双羽黒は千代の富士には善戦してたんだよね。やめなければ絶対何回か優勝出来ていたはず。今の大関陣よりも断然強かったと思う。惜しい力士でした。
aeae555 1 year ago
呼び出し勘吉いい声だ。
shimanoumi 1 year ago 2
この人の廃業事件の時に相撲協会がしっかり対応しておけば、後の朝青龍問題や相撲界の様々な不祥事に伴う相撲の人気低迷は無かった。
この後の若貴ブームに浮かれて対応を怠ったツケが今の相撲界を蝕んでいる。
双羽黒は相撲協会の無能な連中の犠牲を喰らった。
tolic7789 1 year ago 3
千代の富士も
「双羽黒が廃業しなかったら こんなに長く横綱を務められなかったかもしれない」
と語っていたようです。
それだけ素質はすごかったのでしょう。
venpen 1 year ago
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>双葉山か羽黒山だったら良かったんでしょうね。
それはないでしょう。とくに双葉山は永久欠番のようなしこ名ですから。
ITMThiro 2 years ago
双羽黒の貴重な画像有難う御座います。 朝青龍の暴行騒ぎ・・・本当だったら双羽黒と同様に辞めるべきでしょうな。 でないとあまりにも不平等と言うか。
fuyuhime1978 2 years ago
双羽黒はボンボンで甘い部分も確かにあったのですが、あの失踪事件に関しては親方の方に非があったんですよね。
双羽黒の弟弟子にあたる現立浪親方・旭豊の引退相撲の費用を持ち逃げしたりと問題だらけな親方ですから。
相撲界は北尾の名誉を挽回する動きがあっても良い!
daimongundan1979 2 years ago 18
確かに双羽黒当人にも問題がありましたが、あの騒動で一方的に彼が悪いのであればアドバイザーという立場とはいえ相撲界と関わっている事はできないはず。師匠に金銭面でかなりダーティーな面があったというのが今では通説のようです。あの当時も親方夫人が包帯ぐるぐる巻きでマスコミの前に出るなど明らかな作為性が感じられましたね。
@ITMThiro
コメントありがとうございます。
相撲お詳しいんですね(^^
包 帯ぐるぐる巻きでマスコミの前に出<そんなことがあったんですか!(+ +)確かにわざとらしいですね。
正直最近は外人ばっか上位でつまらないですね(^^;
rtsf6a 2 years ago
双羽黒の名前の付け方は根本的に千代の富士と同じ発想なんですけどね。w実績により難とでも言われてしまうのでしょう。ただ一見素質は千代の富士よりも双羽黒の方がありそうですが、実際には双羽黒は千代の富士に対して超えられない技術面の壁をずっと感じていたそうです。
saitamatokoname 2 years ago 3
Comment removed
千代の富士の名付け方は先輩横綱のしこ名の上半分と下半分の合成なのでしっくり来ますが、双羽黒は両方とも上半分ですから響きが不自然でしたよね。当時「羽黒」は羽黒山ではなく、けいこ嫌いで有名だった同門の元大関若羽黒からとったものだと揶揄されたりしていましたね。
千代の富士も本当は稽古嫌いで有名ですよ。勝つために仕方なく猛稽古をした口です。それにしても右の差手の返しと左上手の位置がすばらしい。この技術があってこそ怪力が生きるわけで、力が先ではないんですね。
saitamatokoname 2 years ago
@saitamatokoname >>ただ一見素質は千代の富士よりも双羽黒の方がありそうですが、実際には双羽黒は千代の富士に対して超えられない技術面の壁をずっと感じていたそうです。
通常は非力なうちは技術を磨いてカバーし、体力がついてくると本格派の取り口になって番付が上がっていくケースが多いですが、技術の壁を克服する前に横綱になれたということは、やはりそれだけ肉体的な素質がず抜けていたという事でしょう。
素質だけで横綱になったという声に対する彼なりの反発心から出た言葉なんでしょうね。
ただ千代の富士が体が小さいから素質的に恵まれなかったというのは間違いですね。
力士運動会で100メートル11秒台のバネですから、軽量を補って余りある素質の持ち主だったと見るべきです。
ITMThiro 1 year ago
彼が普通に続けていれば、千代の53連勝もなかったろうし、引退も確実に早まったはず。平成3年後半~4年の戦国時代もなかった。恐らく平成6、7年まで現役横綱を務め、曙貴と新旧交代となったでしょう。優勝は少なくとも4回、多分12回くらいしたでしょう。
saujkopntu7hu 2 years ago 10
全くその通りだと当時からよく思ってました。
C6676KE 2 years ago
@saujkopntu7hu 二十代前半での横綱昇進は地力的に上昇局面なのに、結局昇進後一年半も優勝できなかった訳ですから、そのまま続けても二桁優勝はなかったでしょう。おそらく千代、北勝海の九重コンビにしょっちゅう優勝を阻まれて、よくて優勝5,6回じゃなかったでしょうか。ただ千代の53連勝は無かったかもしれませんね。3回対戦すれば一回以上勝てる実力はありましたから。
双羽黒は名前が悪いとどこかで読んだ記憶があります。 知る人ぞ知るダークな感じで僕は好きですが。ちゃんと単独優勝してから横綱に上げた方が北尾関のためにも良かっただろうなぁ・・・
rtsf6a 2 years ago 3
品格以前に彼の昇進はあきらかに「甘い」昇進でした。当時千代の富士の一人横綱時代ゆえ横綱誕生を急いだ相撲協会の商業主義の犠牲者ともいえます。「そのうち優勝できる」素質があるなら、むしろ一回くらい優勝するまで見送っても差し支えないはずですからね。
ITMThiro 2 years ago 4
貴重な映像ありがとうございます!双羽黒関 角界に残っていたらどうなっていたんでしょうか?
S6984 2 years ago 2
優勝はしかし10回前後にとどまったか?
貴花田を苦しめて、悪役になったことでしょう
amenomina 2 years ago 4
「たられば」は禁句だが、別のきちんとした部屋に入門してれば、また違った相撲人生になってたんだろうね。才能は本当にあった力士。もったいないとしか言いようがない。
311broke 4 months ago
未完の横綱、双羽黒。廃業事件でも、当時の立浪親方の責任の方が大きかったと現在は言われています。事実、その後の立浪部屋は学生相撲出身で幕下付け出しデビュー組みぐらいしか育ちませんでした。
双羽黒も、人間として未熟な部分があったと思いますが、プロレスや格闘技界で本気でしかってくれる人に出会い、更生したからこそ、相撲界に戻れたのではないかと思います。しかし、この体であれだけ動くんですから恐ろしいです。まともなら、この後の横綱は何人か「は誕生しなかったかも。
namomihagi 1 year ago 2
この双羽黒は千代の富士には善戦してたんだよね。やめなければ絶対何回か優勝出来ていたはず。今の大関陣よりも断然強かったと思う。惜しい力士でした。
aeae555 1 year ago
呼び出し勘吉いい声だ。
shimanoumi 1 year ago 2
この人の廃業事件の時に相撲協会がしっかり対応しておけば、後の朝青龍問題や相撲界の様々な不祥事に伴う相撲の人気低迷は無かった。
この後の若貴ブームに浮かれて対応を怠ったツケが今の相撲界を蝕んでいる。
双羽黒は相撲協会の無能な連中の犠牲を喰らった。
tolic7789 1 year ago 3
千代の富士も
「双羽黒が廃業しなかったら こんなに長く横綱を務められなかったかもしれない」
と語っていたようです。
それだけ素質はすごかったのでしょう。
venpen 1 year ago
This has been flagged as spam show
>双葉山か羽黒山だったら良かったんでしょうね。
それはないでしょう。とくに双葉山は永久欠番のようなしこ名ですから。
ITMThiro 2 years ago
双羽黒の貴重な画像有難う御座います。 朝青龍の暴行騒ぎ・・・本当だったら双羽黒と同様に辞めるべきでしょうな。 でないとあまりにも不平等と言うか。
fuyuhime1978 2 years ago
双羽黒はボンボンで甘い部分も確かにあったのですが、あの失踪事件に関しては親方の方に非があったんですよね。
双羽黒の弟弟子にあたる現立浪親方・旭豊の引退相撲の費用を持ち逃げしたりと問題だらけな親方ですから。
相撲界は北尾の名誉を挽回する動きがあっても良い!
daimongundan1979 2 years ago 18
確かに双羽黒当人にも問題がありましたが、あの騒動で一方的に彼が悪いのであればアドバイザーという立場とはいえ相撲界と関わっている事はできないはず。師匠に金銭面でかなりダーティーな面があったというのが今では通説のようです。あの当時も親方夫人が包帯ぐるぐる巻きでマスコミの前に出るなど明らかな作為性が感じられましたね。
ITMThiro 2 years ago
@ITMThiro
コメントありがとうございます。
相撲お詳しいんですね(^^
包 帯ぐるぐる巻きでマスコミの前に出<そんなことがあったんですか!(+ +)確かにわざとらしいですね。
正直最近は外人ばっか上位でつまらないですね(^^;
rtsf6a 2 years ago
双羽黒の名前の付け方は根本的に千代の富士と同じ発想なんですけどね。w実績により難とでも言われてしまうのでしょう。ただ一見素質は千代の富士よりも双羽黒の方がありそうですが、実際には双羽黒は千代の富士に対して超えられない技術面の壁をずっと感じていたそうです。
saitamatokoname 2 years ago 3
Comment removed
ITMThiro 2 years ago
千代の富士の名付け方は先輩横綱のしこ名の上半分と下半分の合成なのでしっくり来ますが、双羽黒は両方とも上半分ですから響きが不自然でしたよね。当時「羽黒」は羽黒山ではなく、けいこ嫌いで有名だった同門の元大関若羽黒からとったものだと揶揄されたりしていましたね。
ITMThiro 2 years ago
千代の富士も本当は稽古嫌いで有名ですよ。勝つために仕方なく猛稽古をした口です。それにしても右の差手の返しと左上手の位置がすばらしい。この技術があってこそ怪力が生きるわけで、力が先ではないんですね。
saitamatokoname 2 years ago
@saitamatokoname >>ただ一見素質は千代の富士よりも双羽黒の方がありそうですが、実際には双羽黒は千代の富士に対して超えられない技術面の壁をずっと感じていたそうです。
通常は非力なうちは技術を磨いてカバーし、体力がついてくると本格派の取り口になって番付が上がっていくケースが多いですが、技術の壁を克服する前に横綱になれたということは、やはりそれだけ肉体的な素質がず抜けていたという事でしょう。
素質だけで横綱になったという声に対する彼なりの反発心から出た言葉なんでしょうね。
ただ千代の富士が体が小さいから素質的に恵まれなかったというのは間違いですね。
力士運動会で100メートル11秒台のバネですから、軽量を補って余りある素質の持ち主だったと見るべきです。
ITMThiro 1 year ago
彼が普通に続けていれば、千代の53連勝もなかったろうし、引退も確実に早まったはず。平成3年後半~4年の戦国時代もなかった。恐らく平成6、7年まで現役横綱を務め、曙貴と新旧交代となったでしょう。優勝は少なくとも4回、多分12回くらいしたでしょう。
saujkopntu7hu 2 years ago 10
全くその通りだと当時からよく思ってました。
C6676KE 2 years ago
@saujkopntu7hu 二十代前半での横綱昇進は地力的に上昇局面なのに、結局昇進後一年半も優勝できなかった訳ですから、そのまま続けても二桁優勝はなかったでしょう。おそらく千代、北勝海の九重コンビにしょっちゅう優勝を阻まれて、よくて優勝5,6回じゃなかったでしょうか。ただ千代の53連勝は無かったかもしれませんね。3回対戦すれば一回以上勝てる実力はありましたから。
ITMThiro 1 year ago
双羽黒は名前が悪いとどこかで読んだ記憶があります。 知る人ぞ知るダークな感じで僕は好きですが。ちゃんと単独優勝してから横綱に上げた方が北尾関のためにも良かっただろうなぁ・・・
rtsf6a 2 years ago 3
品格以前に彼の昇進はあきらかに「甘い」昇進でした。当時千代の富士の一人横綱時代ゆえ横綱誕生を急いだ相撲協会の商業主義の犠牲者ともいえます。「そのうち優勝できる」素質があるなら、むしろ一回くらい優勝するまで見送っても差し支えないはずですからね。
ITMThiro 2 years ago 4
貴重な映像ありがとうございます!双羽黒関 角界に残っていたらどうなっていたんでしょうか?
S6984 2 years ago 2
優勝はしかし10回前後にとどまったか?
貴花田を苦しめて、悪役になったことでしょう
amenomina 2 years ago 4