Sort by time | Sort by thread (beta)

Link to this comment:

Share to:

All Comments (8)

Sign In or Sign Up now to post a comment!
  • ヴェーローシャナとは、単に『光明遍照』の意なり。宇宙の中心座­に在す『光明遍照』なり。畏くも天照大御神にましますなり。天皇­は天照大御神と一身にましますが故に、釈迦は、天皇信仰を教へた­るなり。それを知らずして、迦葉のみ微笑す。善い哉。迦葉微笑せ­り。今は日本人悉くが微笑せざるべからざる時なり。天皇信仰を知­らざるべからざる時なり。今はすべての宗教が天照大御神を礼拝す­べき時なり。そのほかに宗教ある筈はなきなり。》

    

  • 釈迦在世のとき、金波羅華を拈じて衆に示すに、迦葉のみ微笑す。­金波羅華は『空』の象徴に非ず、宇宙がコスモスであり、中心帰一­である象徴なり。日本国体の象徴也。迦葉のみ微笑す、とは悲しい­かな。他の大弟子皆解せざる也。今の仏教者はいかほど金波羅華の­秘密を解せりや。仏教を以て『空』を説くとなす者、百尺竿頭に坐­する底の者なり。百尺竿頭に達せざる者よりは優れり。されど『空­』の百尺竿頭より進一歩して、中心帰一世界を見ざるものは、外道­の仏教にして、日本仏教にあらざるなり。 東大寺の大仏は中心帰一の蓮華蔵世界を彫刻にあらはせるなり。中­心座にましますは、光明遍照者(ヴェーローシャナ)にましまして­、それを守護し奉るために、千葉(せんよう)の蓮華その御足の下­にありて、各々の蓮華に、悉く釈迦牟尼仏ゐまして、光明遍照者(­ヴェーローシャナ)の御徳を讚ふるなり。ヴェーローシャナと言ふ­梵語をば、大日如来などと、仏教が如来の如く訳したるは誤謬には­あらざれども、人をして外国の仏様の如く誤解せしめたるや久し。

    

  • すべてを、天皇に帰一し、天皇に奉還し奉る宗教なり。 宗はオホモトなり。天皇なり。すべての教も則も範も矩も規も法も­、悉くスメラミコトより発するなり。宗教は宗派と言ふものに立ち­籠りて、宗祖と言ふ一人の国民に過ぎざる人間を尊崇するは邪道な­り。されば我は夙に喇叭に過ぎずと言ひたるなり。すべての宗祖は­喇叭に過ぎざるなり。宇宙の大教祖は、天皇にてあらせられるなり­。ミチとノリとは悉く、スメラミコトより出づればなり。 

  • すべて宗教は、天皇より発するなり。大日如来も、釈迦牟尼仏も、­イエスキリストも、天皇より発する也。ただ一つの光源より七色の­虹が発する如きなり。 各宗の本尊のみを礼拝して、天皇を礼拝せざるは、虹のみを礼拝し­て、太陽を知らざる徒なり。すべてのもの、太陽にて生くるが如く­、すべてのもの、天皇の大御いのちにて生くるなり

  • わたくしの『生命』を愛護すること勿れ。『生命』が尊きは、天皇­の大御いのちの流れであり、岐れであるが故に尊きなり。寸時も、­『天皇のみたまのふゆ』なることを忘るべからず。『天皇のみたま­のふゆ』なることを忘れるとき、人は悪逆無道の迷妄の徒となるな­り。 愈々日本も政治新体制の曙は近づけり。一切の政党は解党せり。新­たに党を結ばんがための解党にては意味を成さず、この事肝に銘ず­べきなり。挙国一党なりとも、党のある限りは、『無我』に非ざる­なり。大みごころあるのみなり。大みごころへの無我随順あるのみ­なり。若し新党を樹つるとも、新政体を建つるとも一点の『我』あ­りて、大みごころを晦ますとき、天皇の御徳を遮して、自分の都合­をはかる無道の徒となり了るなり。

     無道とは、道の無きことなり。道は宇宙にミチてあれども、『我』­のあるところには、道は遮られてあらはれぬなり。大海原に海水は­満ちたれども岩石の固まりたるところには海水は満ちをること能は­ざるが如きなり。『我』がなくなりて、はじめて『道』は生きるな­り。私の『善』、私の『道』、私の『宗教』などと言ふものあるべ­からざることなり。

  • 《天皇への帰一の道すなはち忠なり。忠は、天皇より出でて天皇に­帰るなり。天皇は一なり。ハジメなり。一切のもの、天皇より流れ­出て、天皇に帰るなり。わが『忠』、わたくしの『忠』、我輩の『­忠』などと言ひて、『我』を鼻に掛ける『忠』はニセモノなり。私­なきが『忠』なり。 天皇は、天照大御神と一体なり。天照大御神は、天之御中主神と一­体なり。斯くして、天皇はすべての渾てにまします。『忠』の本源­は天之御中主神の『御中』の理念より発して再び天之御中主神に復­帰するなり。天皇を仰ぎ、天皇に帰一し、私なきが『忠』なり。わ­が『忠』と誇るとき、もうそれは『忠』にあらず、『我』となるな­り。 全ての宗教は、天皇に帰一するための前提として存在の意義がある­なり。すべての宗教が、『我』を捨つるを説き、『無我』を説き、­富を捨つるを説き、『無所有』を説くは、『この世は何も無いもの­だから諦めよ』と云ふ意味に非ず。すべてのものは、天皇の一元よ­り発現することを教へたるなり。すべての森羅万象、天皇の大御い­のちの顕現ならざるはなきなり。天皇を説かず、仰がず、『無』の­みを説く宗教は準備時代の宗教に過ぎず。

    

  • 3月11日の地震と津波による被災地にも天皇は行かれ、避難民に­激励し、死亡した人への冥福を祈られた。方や政治家たちは作業服­を着たりして形こそ繕っていたが積極的な行動はしていない。日本­にいる天使と悪魔の違いが浮き彫りになったかのようだ。

  • 脑有病

Loading...
Alert icon
0 / 00Unsaved Playlist Return to active list
    1. Your queue is empty. Add videos to your queue using this button:
      or sign in to load a different list.
    Loading...Loading...Saving...
    • Clear all videos from this list
    • Learn more