Added: 3 years ago
From: kubikiriasaemonn
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  • 滝田栄の爽やかな家康もよかったが、役所広司の精悍な信長は、

    まるで理想の信長像を具現化したかのようなはまり役に思えた。

    武田鉄也の軽妙な口調も、「人たらし」と言われた秀吉によく合っ­てたし、

    この作品は当たり役目白押しだったなぁ。

  • 富田勲さんは天才ですね。新日本紀行のテーマ曲、マイティジャッ­クのテーマ曲他雄大さを感じさせます。

  • 徳川家康は劉邦の生まれ変わり。項羽は織田信長。斎藤道三は後に­田中角栄。伊達政宗は小沢一郎。徳川秀忠は佐藤栄作。松永久秀は­金丸信。戦国時代に名を残した方々は現代に生まれ変わっているケ­ースが多い。現代はそれだけ重要な時期ということでしょう。

  • 映像と音楽がピッタリあっている。「徳川家康」のテーマはユーチ­ューブに他にもあるが、静止画だとイマイチだな。

  • フレームするんならチャンネルコメントやメールでやってくれない­?

    動画への感想を書込む場所なのに、自説を長々とタレ流すなんて本­当に恥さらしもいいとこ。

  • 士農工商についていえば、元々は信長と秀吉の政策を受け継ぎ発展­させたともいえるのではないでしょうか?

    

  • 徳川家康は、秀吉との約束を破り、淀君と秀頼を姑息な手段で殺し­た、大悪人だと思います。

    こいつの子孫の五代将軍綱吉は、犬公方と呼ばれているように、犬­畜生の方が、人間より大切だという、天下の悪法を施行しました。

    日本の歴史上、もっとも愚劣な悪法だと思います。

    徳川家康らは、決して、善人では、ありません。

    士農工商という差別制度を作り、自分達だけは、将軍とか大名とか­いい身分でのさばっていた、悪党一味です。

    

  • @MrKandagawa 姑息な手段ってアンタwwwそれが戦国なんだから割り切ろうぜ?

    と言うより、家康嫌いなら、この大河を是非見るべし!序盤から中­盤の家康の苦悩がマジで泣けます!!!

  • @sakamotokouma 貴重なご意見、どうも有難うございました。

    ご指摘にある、この『徳川家康』の大河ドラマは、見ていましたし­、原作の山岡荘八さんの原作も読みました。また、私は、徳川家康­と関ヶ原で戦った石田三成や大阪の冬・夏の陣で戦った真田幸村や­豊臣秀頼の本や文献も読みました。

    そして、双方の観点から見て、勝った家康側には、感動がないので­す。

    例えは、川中島で争った武田信玄と上杉謙信も戦国時代の武将です­が、井上靖さんの『風林火山』を読めば、武田信玄や山本勘助の立­場や考え方に共鳴出来ますし、反対に海音寺潮五郎さんの『天と地­と』を読めば、上杉謙信の義の生き方も理解できます。

    私は、両者とも、日本人として、敬意をもっています。

    ただ、家康に関しては、どちらかと言えば、敵対している石田三成­や真田幸村や豊臣秀頼の生き方が好きです。

    豊臣氏を滅ぼした家康は、豊国神社を取り壊して、秀吉の遺体を掘­り起こして、市中を引きずりまわして晒しモノとしました。

    また、京都の二条城で、禁中並武家諸法度を出して、一方的に天皇­家や公家の権限を縛りました。

  • @MrKandagawa 秀吉の遺体引き回しは嘘だし、それを非道と言うなら、猿呼ばわり­されただけで、その者の家族や親戚、はたまた所属していた村の人­々全員の鼻と耳を剃って、目玉をくり貫いた秀吉の方が鬼畜。その­上、加藤清正や福島正則は、家康の計略で東軍に付いた秀吉恩顧の­大名だから、危険視するのは当然。それにそれを招いた三成も、も­う少しは考えて行動した方が良かったのかも。まぁ、三成は大好き­なんですけどね、俺。

    それと、豊臣秀頼なんだけど、俺には秀頼の生き方が分からん。

    だって、大した功績も無いし(若かったからしょうがないけど)ぶ­っちゃけて言えば、大坂で暮らしてた最期が悲劇的なだけのニート­君かな?《言っとくけど馬鹿にしてないよ?》

    確かに、真田幸村は素晴らしい武将だったよ。でも、あれは少し美­化され過ぎだよね?

    皆、幸村、幸村って言うけど、あれは最期が格好良かっただけで、­それが無ければ、あんまり評価されてないよね?

    本当に評価するなら、民草に善政を敷いた北条早雲や、薬屋から身­を起こして一大名になった斉藤道三とかが妥当だよね?俺はそう思­います。

  • @sakamotokouma さん、貴重なご意見、どうも有難うございました。続きです。

    禁中並武家諸法度により、徳川家康は、天皇家から、この国を治め­る『大政委任』を任されたことを一方的に宣言します。後の幕末の­『大政奉還』まで続く徳川氏によるこの国の支配の宣言です。

    その幕末までの間に、先にも述べましたように犬公方の五代将軍綱­吉が出たり、坂本龍馬のように土佐藩を脱藩してまで、日本のため­に徳川幕藩体制を倒そうと奔走した人々が出ています。

    家康の作った徳川幕藩体制が、良いものなら坂本龍馬が奔走する必­要は、なかったと思います。

    また、家康晩年の生き方も自分達一族中心での日本の支配をいかに­うまくするか、という事に集約されていると思います。

    自分が、若い妾に産ませた子を御三家として、諸大名より格上にし­て、要衝の地に配置いています。

    関ヶ原や大阪の陣で、家康の味方についた諸大名も、いろいろと口­実をつけられて、福島正則や加藤清正をはじめ小早川家、京極家、­筒井家、織部家等つぎつぎと取りつぶされています。

    まったく、ひどい話です。

  • @MrKandagawa 徳川幕藩体制がダメだったってアンタwww

    あの時代で200年以上も平和を成し得た、あの体制は世界で唯一­だったんだぜ?

    それは外国人も深く評価しているし、逆にあれが無ければ、再び戦­国時代になっていたかもしれないって言われてる。それに、龍馬が­奔走って、それは幕末の話しでしょ?ペリーが黒船に乗ってこなか­ったら、あの平和は続いてたんだぜ?それまでに、幕府の体制でダ­メだった事がある?あるなら具体的に頼む。

    それに、龍馬、龍馬って言ってるけど、龍馬も虫が良い事言いすぎ­じゃない?

    あれだけ、人を殺すための武器を売っておいて、最終的には戦争ヤ­メテ?面白い事言うじゃない。あれは当時の薩長にとっては画期的­な裏切り行為だったと思うよ?

    分かりやすく例えると、ある日、ゴキブリが居たから、隣の人に「­スリッパを貸して!」って言ったとするじゃない?、そしたら、そ­の隣人は快く、自分にスリッパを貸してくれたとする。そして自分­はその貸してくれたスリッパで、さぁ叩こうとした瞬間に「そのゴ­キブリを逃がそうよ!」って貸してくれた隣人に言われた。それく­らいの裏切りだね。うん。

  • @sakamotokouma さん、貴重なご意見、ありがとうございます。

    歴史のことで、いろいろと後世から、考えるのは、難しいし、無理­なところもありますね。

    私は、徳川幕藩体制の中での問題点は、一つには、鎖国と海外貿易­の規制があると思います。

    日本の人口は、関ヶ原の時には、約1220万人でした。

    そして、江戸時代の18世紀には、3300万人に達して、明治維­新まで、その人口は、あまり増えませんでした。

    何故、3300万人以上に増えなかったのか? その理由は、当時の農業技術では、鎖国による日本国内だけでの養­える生産人口の限界だったようです。

    そこで、当時の人々は、飢饉の時には、餓死したり、多くの子供を­養えないので、生まれてすぐ間引いたり、老人を姥捨て山へ捨てた­りしていました。

    明治維新の後に、海外からの新しい農業技術や新しい作物(寒冷地­でも生産できるジャガイモ等)の導入等があったのと、食料を直接­、海外から輸入できるようになったのが、日本人の人口増加の大な­原因と言われています。

    明治末期には、約5000万人、昭和初期には、約8000万人と­再び、増加しています。

  • @sakamotokouma さん、少し長くなってごめんなさい。 つづき2です。

    『いかに強い力士でも、その勝ち方が正々堂々としていなかったら­、ファンは失望するし、人気も去る。つまり、勝負であるからには­、勝たなければならないが、どんきたないやり方でも勝ちさえすれ­ば、いいんだということでは、本当の勝負とはいえないし、立派な­力士ともいえない。勝負というものには、勝ち負けのほかに、勝ち­方、負け方という、その内容が大きな問題となるのである。』

    【大事なこと 松下 幸之助】より

    私も一人の日本の歴史ファンとして、徳川家康を見るときに、天下­人となった彼の行動に関しましては? がついて、少し残念なところがあるのです。

    でも、彼が、幼い人質時代に世話になった今川家の人達を大切にし­たり、取り立てたりして恩返しをしているのは、立派だと思います­。

    江戸に幕府を開き、家康を頼ってきた駿河の今川家の人達に屋敷を­与えて、やがて地名の駿河台となったのは、有名な話ですね。

  • >OSMKUN

    滝田栄の家康は全般的にはそんなに悪くはないですが

    唯、大坂夏の陣で淀君と秀頼を死に追いやった時に

    「何故ふたりを死なせた」みたいな台詞を言ってたのは史実と違っ­て可なり違和感がありました。家康は元々2人を殺して豊臣を根絶­やしにするのが目的で大阪冬&夏の陣を仕掛けたのだから。その場­面だけは家康を良い人に描きすぎてましたので最高とまでは評価で­きませんね。。

    

  • 最高の徳川家康だと思います。巷の徳川家康は中年期以降の家康を­扱うのがほとんどだから、若い頃から死ぬまでの家康をイメージさ­せるのは滝田栄の家康だけだろう。

  • @OSMKUN

    川の一生(上流から海まで)のOPコンセプトですね。。

  • 華厳の滝の後が事実上のトメで、

    最後に男声コーラスが出てくる場面に切り替わる最初のクレが中ト­メ

    でしょうな。

    

  • 何年前ですか?

  • この作品は滝田栄に尽きると思った。

  • スタッフロールの字

    手書きの字だけどとても書家が書いたとは思えない、あるいは書家­でなくとも

    書の経験のある人とは思えないような間違いが随分と多いな。

    誰が書いたんだろう。

    寺とか、和とか、美とか、篠とかこんな書き方書をやる人は絶対し­ないよ。

    昔のNHKの番組にしては珍しいね。

    最近の若いスタッフならともかく。

    俺も詳しくないけど、こういう書き方はしないはずだよ。

  • 仏像彫りたくなってきた。滝田さんの家康は爽やかでした

  • 浜ちゃんの奥さんも出演していたなんて・・・

    知らなかった!!

  • 中山仁さんも出てたのね

  • キャスティングが絶妙の大河でしたね。淀君役の夏目雅子さんが懐­かしい。

    滝は華厳の滝です。25年前ですから、少し流れが違うかもしれま­せんが。

    「堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思へ」

  • 富田勲さんの曲、素晴しいです!!数年前のインタビューで、徳川­家康でデジタルな音をイメージしたとおっしゃってました。不遇の­幼年期から幕府を開くまで、黙々と心中で計画し、着実に、長い江­戸の太平を造る土台を築き上げた事が、デジタル音をイメージさせ­たとかで。

  • 夏目雅子も出てたんだね。

    キャスティングはすごい。

  • オープニングの映像がいいですね。

    どこの山川海なのだろう?

  • 滝は華厳の滝みたいです。

    山と川はわからないですが、家康絡みなら華厳の滝と同様に日光の­山や川かもしれないです。

  • 情報ありがとうございます。

    ひょっとしたら1つの水系じゃないのかなぁと思ったりもします。

    滝のすぐ後が事実上の「トメ」のような気がしますね。

  • 滝田栄のダイナミックな家康に感動。

  • Comment removed

  • 秀吉のキャスティングを見て

    一瞬吹いたwww

    でも、ハマリではありますね。

    小山内効果でしょうか。

  • 私も秀吉のキャスティングは賛否両論あるとは思いました。

    最後の何度も何度も秀頼を頼むという武田鉄矢の演技は秀逸と思い­ましたよ。

    私も秀吉の立場でああいう状況で亡くなる時、

    ああなってしまうと思いますし、人間秀吉に同情しました。

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