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All Comments (13)

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  • 下手なインタビューアーだな。聴いてていらいらするぞ。

  • トークじゃ無くインタビューだからこれでいいんだろうけど

    敬意は感じるけど少し上辺だけの質問って感じはするな

  • インタビュアーの聴き方がうまいなぁ、、、。

    イライラする程うまい!

  • 凄い、凄すぎる飛行機人生で、言葉も出ないほど感激しました。

    本物の侍であり、日本の誇りであり、後世に語り継がなければなら­ない武人である。

  • 素晴らしい空の神さま 元1等空尉 本田稔氏に栄誉礼♪♪♪♪♪♪♪♪

    退官は航空実験航空隊「岐阜基地」 大先輩だ!

    現 航空実験団 改編 空自の全航空機を保有し、

    あらゆる実験・改修をして航空機の性能向上に寄与している。

  • 実験航空隊ってエースパイロット!

  • 343空の戦史書物Genda Bladeによると、本田少尉がF6Fを撃墜したのは1945年­7月28日豊後水道にて。中々興味深い体験記よかったです。

  • ■■■■■■■恐れ入った、広島の原爆投下時に飛行していたとは­………………、

    まさに神だね。

    貴重で、すばらしいお話。泣かせる。

  • しかし、敵機の撃墜には、OPL照準機がはみ出るぐらいに接近=­­おおよそ100=して銃撃しても当たらない、とは。

    30~50メートルまで接近しないとあまり当たらないという話は­­、初めてだろう。

    坂井三郎さんは、200メートルぐらいから、OPL照準機がはみ­­出るぐらいなら大体当たる、と本に書いていたような記憶がする­。

    

  • これぞ空の勇士!!

  • ありがとうございます。壮絶な人生であるとと同時に強運でいらっ­しゃるのは並大抵なご努力の賜物ですね。壮絶な話ですね貴重なイ­ンタビューありがとうございました。

    とても些細なことですが昭和19年4月20日くらいの朝日新聞朝­刊に「ゼロ戦」と紹介されているのですが・・・井上さん・・・。­行政の書類上では略符号A6Mとかですよね。

  • 正しく、大東亜戦争の最前線の空の中を飛び続けた英雄ですね。今­回も前編に引き続き物凄く貴重なお話でした。有難うございます。­上空から遭遇してしまった広島の惨状・・・言葉にできませんね。

    後ろから撃つのはしのびないという侍魂も本当に素晴らしい。これ­が反対だったら彼らは罵声を浴びせながら撃っていたんだと思いま­す。日本の誇り高き軍人にして国の宝です。

    

  • もっとお話聞きたいです

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